それはまだ少女が高校生の頃の、日常。

Sentimental Rhapsody

「ねね、そいえばさー」

誰が誰を好きだの、誰と付き合ってるだの、昨日誰々と帰っているのを見ただの。恋愛話を楽しめる彼女達は、流石は年頃の女の子というものだと思う。そんな風にぼんやりと考えながら、早瀬 美鈴(はやせ みすず)は彼女達の話を聞いていた。

(……あ、このマドレーヌおいしい)
そこまで真剣に聞いていないのは、別に彼女達を馬鹿にしているからではない。きらきら輝きながら話す彼女達は可愛いと思うし、羨ましくさえある。だが、美鈴としてはどこかついていけないのも本音だったのだ。だから時折相槌を打つ程度で、それは今に始まった事でもない。どうにもこうにも、恋愛話が苦手なのである。話せるようなネタも、ないし。

それがどうして、こうなったのだろう。会話はある一言で途切れ、お菓子を食べていたはずの彼女達の手は止まり、興味津々にこちらを見ている。

「美鈴ってさ、好きな人とか彼氏とかいないのー?」

その一言は、美鈴にとっての地雷でもあった。

「そうそう、あたしも気になってたの! だっていつも上手くはぐらされるしさ」
「綺麗なのに彼氏いるって話も聞いたことないしね!」

彼女が通う高校は結構な進学校で、おまけに金持ち揃いである。その中でも美鈴はトップクラスの家柄であり、加え容姿も整っていた。栗色のやわらかな髪は腰まで伸び、瞳はいつも温和そうな色を持つ。更には頭も良く、性格まで良いとくるのだから、彼女達が気になるのも当然の流れなのだろう。

「いっつも静かに笑ってるんだもん、これは何かあるよね!」
「いい加減吐いちゃえば楽だよ、美鈴!」
「聞いて楽しいような話は何もないよ」

既に何度か繰り返された質問であり、美鈴の返し方もいつも通りだった。普段ならそれでやり過ごせていたのだが、どうやら今日はそうもいかないらしい。完全に興味はこちらに向いてしまったようで、同じような言葉を投げかけられる。それでもそのうち話が逸れるだろうと読んで、やんわりとした笑みで返した。
美鈴の思惑通り、途中で話題は違うものになる。とはいえ、それは決して良い方向ではなかったけれど。

「はー……。美人なのになあ。もてるのになあ。勿体ない」
「でもあんなキレーなお兄様いたらそうなるよね」
「あんな綺麗なひと毎日見てたらそりゃ恋も出来ないってのね!」
「あの人に比べたらみんな劣って見えるでしょうよ。完璧すぎるもん」
「そういうわけでも、ないんだけど」

ああ、自分は上手く笑えているのだろうか。
彼女達が言う人物とは、美鈴の一つ違いの兄の事だ。高校は違うのだが、学園祭の時に訪れた事があり、以来彼女達の「憧れの人」としてインプットされている。身内の贔屓目を抜きにしても彼は完璧といってもいいほどの人だから、この反応も仕方のない話だろう。――だが、彼女達は知らない。美鈴と彼の血が繋がっていない事実を。そして、美鈴の彼への想いを。

もしもその「兄」に叶わない想いを何年も抱いているのだと知ったら、彼女達はどうするのだろうか。信じられない、と軽蔑するだろうか、頑張ってね、と応援するのだろうか。これから先も打ち明けるつもりはなかったし、そんな事を考えたところで意味はないのだけど。

だからこそ、笑っていなくてはいけないのに。

「あ、ねえねえ、そういえば一組のさー!」
「え、なになに!」

ぼうっとしていたら、いつの間にか話は終わっていた。どこかで安堵しながら、小さく息を吐き出す。
もし、もしも。彼と自分がこんな関係ではなかったなら。純粋な気持ちで彼女たちの会話に加われていたのだろうか? なんて考えてみたところで何も変わりはしないと思い知っているのに、現状だからこそ彼を好きになったというのに、何かを諦めてしまっている自分がいるのが嫌だった。ああ、結局なんて脆い。

「ね、美鈴」

彼女たちがきゃいきゃいと盛り上がっている中、そっと名を呼ばれた。声をかけてきたのは、このグループの中でもっとも控えめな少女だ。

「どうしたの?」

表面上は先程までと何も変わりなく、当たり障りなく聞き返した。一体自分はいつからこうなってしまったのだろう。美鈴は心の中で自嘲したい気分だった。

「好きになることに理由って、いらないと思うの。想い続けることにも」
「え?」
「誰が認めてくれなくても。自分が認めてあげたら、それはもう恋なんだよ」

きっと彼女も、誰かに叶わぬ想いを抱いているのだろうと直感で悟った。(後になってそれは担任の教師であった事を知った) おそらく彼女は、美鈴の対象が兄であった事は気付いてはいなかったはずだ。だがきっと、自分と似た空気を感じ取っていたのかもしれない。
"決して叶わない人を想っている"

「……ありがとう」

それから随分と経ってから、彼女がその"叶わない人"に告白したのだと聞いた。結果は振られてしまったけれど、彼女が卒業してからも気持ちが変わらなかったのならその時はもう一度返事をさせてほしいとの事だった。彼もまた、彼女の事が好きだったのだろう。

大学生となった今では仲良くやっているらしく、時々些細なことでメールが入る。
「どうか美鈴も自分が後悔しないように生きてね」同じ想いを持っていた彼女だからこそ、言えるその言葉。けれど彼女と自分は、もう違う。

「……わたしは、いえないのよ」

元から離れていた彼との距離は、余計に遠ざかってしまったのだから。