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DEAD OR ALIVE
第一話  全てに終わりを告げた日

人間が死ぬのなんて早いか遅いかの違い。
そんな言葉を、一生に一度くらいは耳にした事がありませんか。

ただひたすらに雪が降り続け、しんしんと冷え込む、そんな夜。多くの人々が家で暖を取っている中、一人もくもくと仕事をしている男性がいた。
さらさらとした茶髪、ダークブラウンの瞳に、紺色の軍服。それなりに整った顔立ちの青年なのだが書類と向き合う顔は険しく、近寄り難い雰囲気を放っている。だが幸いにも、権力という昇進と共に与えられた物のおかげで手にした執務室には男性の姿しかなかった。 必要最低限の物しか置かれていないのもあり、響く物音も限りなく少ない。

だから。
何がどう間違ってこうなったのか、男性にもしばらく現状が飲み込めなかった。

「対象者はっけーん! ふうん、実物の方がいい男じゃない。カタブツぽいけど」

突如現れたその人物は「あるモノ」に乗りながら、どこかから取り出した本をぺらぺらとめくる。 さて、これは白昼夢か何かだろうか? 男性がそう思ってしまう程には突然すぎる出来事で、あまりにも現実離れしている登場の仕方だった。しかし相手は男性を気にかけるでもなく、本と男性と目線を行き来し、何かをぶつぶつと呟き始める。

「エーベンスウェルト・エチェベリア……なっがい名前ね、24歳、男。家族構成は入院の妹のみ。へえ、軍人。なんか幸薄そうねー。可哀想……って言ってもあたし次第か」

まるで男性に聞かせる気は全くないかのような、完全な独り言だった。だが隠す気もないらしく、それにしては結構な音量なのだが。
蚊帳の外にいる男性は、その間に相手をじっ、と観察する。腰まで伸びた目に焼きつくほど鮮明な赤髪、ガーネットを連想させる澄んだ瞳、白と黒だけで構成された特徴的な衣装、一瞬性別を迷ってしまう中性的な顔立ち。綺麗な女性でも通じるだろうし、顔立ちの整った男性、でもどちらでも受け入れられる気がする。けれど先程聞こえた一人称と、視線を下に移してみればその体型から判断可能だった。

そうやって冷静に眺めつつも、男性は緊張感を緩めない。どう甘く見たところで、相手は普通の人間ではなかったからだ。根拠の一つはドアから入ってきたわけではなく天井を通り抜けるようにして現れた事、そして残すは――――

「ま、自分の不運を呪いなさい。短い間だけどよろしくね」
「うん、よろしく」
「ん? コイツ腹話術とか、人形に語りかける癖でもあるのかしら。そういう変なのはちゃんと書いておきなさいよねー。こっちにだって心の準備ってものがあるのよ」
「期待されているところ申し訳ないけど、私にそういった特技はないよ」
「いやだから……、…………はあ?」

何か気になるものでもあったのか、女性は途中で会話を切り、その後きょろきょろと辺りを見渡し始めた。そうしてしばらくして、初めて二人の目線が絡む。男性はにこりと微笑み返したが、そんな彼を見た女性は赤い目を見開いて大いに困惑した表情に変わる。一体何がまずかったのか男性にもさっぱり分からなかったものの、彼女の顔にはありありと「信じられない!!」と書いてあるようだった。視線は合わせたまま、表情もそのまま、ちょこちょこと移動する女性。中々に間抜けで、面白い光景だった。
そんな事を繰り返した後に女性は立ち止まり、自分自身を指差して男性に問いかけた。

「あのさあ、もしかして、ひょっとして、視えてたりとか……しちゃう?」
「え、うん、もちろん」
「で、もしかしなくてもあたしの声聞こえて……る?」
「今会話してるじゃないか」
「ええ、そうよね…… ってはああああ!?」

男性、エーベンスウェルト――スウェルにしてみれば何気なく答えてみただけなのだが、どうやら女性には相当ショックだったらしく、(時間も弁えずに)奇声を上げた。頭を抱え込み、何で、そんなことがありえるの、と再びぶつぶつと呟く様を見て少々気の毒になったりもしたが、かといってスウェルにはどうしようもない。原因を作ったのは彼女しかいないからだ。
どうやら敵意はなさそうだ、とスウェルはここでようやく警戒心を解く。彼女が何者なのかは、現時点ではなんとも言えなかったけれど。

「実はアンタ、もう死んでたりとか……」
「しません」

なんて不吉な、と、スウェルは強く主張する。今度は彼女にも予想内の返答だったようで、「そりゃそうよね……」と首を縦に振った。

「もしそうならあたしがここに来るわけがないものね」
「もしかしなくても、普通は視えない? 死神ぽいし」
「視えてたら困るわよ! ってか死神じゃないわ」
「え、じゃあ持ってる鎌は……」
「これは趣味」

趣味と。見事に言い切った。スウェルにはよく分からないが、それでいいのだろうか。
現れた時に持ち手の部分に乗っていたのは、物語に出てくる死神が手にしているような大きな鎌だった。真っ赤な長髪、髪と同じ色の瞳、白と黒の衣装、加えて背中には右に白、左に黒の翼。それらに彼女の言動も合わせ、死神だろうと結論付けたのだが、どうやら盛大に異なっていたらしくばっさり否定されてしまった。

「ああ、もう。視えたもんは仕方ないわよね。まあこのくらいなら誓約にも触れないでしょう……つーか触れたら文句言ってやるわ、不可抗力だもの」

そうよねそうよね、と自分を納得させるようにしてぼそぼそと喋り続け、最後に「よし」と一際大きい声で呟き、スウェルを真正面から捉える。
そして、他の音の存在は許さないような凛とした声で彼女は告げた。

「あたしはヘキサ。死神でも天使でも悪魔でもないわ。――――審判者よ」

審判する者と、審判される者。相反する者達の、邂逅の瞬間だった。

「審判、者?」
「そう。命の審判者。ライフ・ジャッジメント。生死を決める、公平なる者」

ぴり、と 張り詰めた空気がその場に漂う。
命の審判者。普段スウェルが聞き慣れない重たい響きが、ずしりと彼の胸に沈む。何を、言うべきなのか。何を、聞き返すべきなのか。スウェルがなんとか紡ぎ出そうとした言葉は、掠れた音になって消えてしまった。この空気では、とてもではないが茶化すなんて事は出来そうにもない。それまでに深刻で、重苦しい。

沈黙とその場の空気を壊したのは、女性の方だった。

「とか言ってみたのはいいけど、こっちとしては面倒極まりないのよね」
「はい?」
「あんのクソジジイ共め! あたしに押し付けやがったのよ! 一日にどれだけの人間が死ぬと思う!? アンタに付き添う分、後で仕事しなきゃならないのよ! そこはチャラでしょう、チャラ!」

出るわ、出るわ。文句の嵐。
ヘキサは端正な顔を歪ませ、日頃の鬱憤を晴らすかのように延々と喋り続ける。スウェル自身、彼女の言い分が理解出来ないでもなかったので聞きに徹したが、実際は彼女のあまりの勢いに口を挟む隙がなかったためだった。 彼女がどんな世界の住人なのかは知る由もないが、少なくとも苦しみも何もない世界――というわけではなさそうだ。

そうやって暫くの間、彼女のマシンガントークが繰り広げられ、そろそろお茶でも淹れようかなとスウェルが考え始めた頃ふいに愚痴が止んだ。まだまだ続きがありそうな話の途中で終わったため、不思議に思い彼女の顔を覗き見る。……一体どうして、彼女が固まるのだろう? 勢いに任せて喋ったまではよかったものの、我に返ったら恥ずかしかったとかだろうか。うん、誰にでもある事だ。スウェルが一人状況を把握していると、彼女もやがて平常心を取り戻し、表情もクールなものへと変わる。そんな彼女の次の言葉といえば。

「ま、まあ。そんなわけだから。よろしくね」

まるっと。今の時間をなかった事にしようとしていた。

「クールにしたいけど時々ボロが出るというか。そんな感じだね」
「と、とりあえず当分はアンタの傍にいるから。邪魔はしないから、放っておいてくれていいわ」
「おや、邪魔してくれてかまわないよ。楽しそうだしね」
「くれぐれも、あたしの事は人に話さないようにして頂戴。もっとも、話したところで信じてはもらえないでしょうけれど」

からかうスウェルと、それをなんとかスルーするヘキサ。このままからかい続ければそのうちボロを出しそうな気もしたが、流石に状況的にあれだろうとスウェルは押し止めた。
話したところで信じてはもらえないでしょうけれど、という彼女の言葉は、まさにその通りなのだろう。馬鹿にされるのがオチだ。それはまだ可愛い方で、痛い人扱いされてもなんらおかしくはない。まあ、それはそれで構わないのだが、面倒は減らしておくに限る。スウェルはヘキサの意見に心の中で頷くと、やれやれと溜息をついた。

「出来れば、もっと詳しく説明してもらえると嬉しいのだけどね。君は私を知っているというのに、私は君が何者なのかさえ掴みかねている」
「当たり前よ。本来、知る必要なんてないもの」
「そうなのかもしれないね。けれど、私には知る権利があるとは思わないかい?」

私に関わりのある内容なのだろう? そう添えた彼にヘキサは複雑そうな顔をして、諦めたように目を瞑る。次に開けた時には、彼から視線を逸らす事なく答えた。

「私は貴方の生死を決める者。あたしは、そのためにここに来たの」

止まない雪が、降り積もる。どこかで誰かが泣いているようだった。

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