DEAD OR ALIVE
第二話  審判する者、審判される者

「私は貴方の生死を決める者。あたしは、そのためにここに来たの」

もしもこの出会いが幻で、そして夢であったなら。きっとどちらにとってもその方が良かったのだろう。けれどそれはありえないのだと既に悟っていたし、考えるだけ時間の無駄だとも分かっていた。用意されてもいない救いを求めたところで、意味はないのだ。

喋りきったヘキサは、後ろめたそうにスウェルを見る。しかし彼女の予想に反して、彼の口元は笑みを描いていた。

「アンタ……?」

その反応は、あまりにもおかしくはないだろうか。ひょっとして、聞こえていなかったのだろうか? ヘキサが戸惑っていると、スウェルは笑みを深くする。

「聞いたのは私だったけれど、こんな場所でする話でもなさそうだね。私の家に行こうか」
「はあ!?」
「ああ、別に含みはないよ。それでもいいけどね?」
「冗談!」

(一瞬でも心配したあたしが馬鹿だった!)
顔を赤くしながら全力で断ったヘキサを見て、スウェルは愉快そうにけらけらと笑う。先程までの緊張感が嘘のような、とても楽しそうな笑顔だった。随分といい性格の持ち主みたいね、とヘキサにインプットされた瞬間でもある。

仕事を切り上げたスウェルが帰り支度をしている中、ヘキサはドアをすり抜けて外へと出て行く。どうせ後からすぐ来るだろうと、彼を気にかけはしなかった。だから、気付かなかったのだ。この時、彼が陰りのある表情で\彼女の背中を追っていた事なんて。

**

「さて。コーヒー、紅茶、ココア、オレンジジュース、ミルク、水。どれがいいかい?」

スウェルの自宅に場所を移し、スウェルは彼女に問いかける。

「どれでもいいわ」
「じゃあはちみつレモンにしよう。少し待ってて」
「ちょっと、さっきの中に入ってなかったじゃない!」
「おや、記憶力はいいんだね」
「〜〜っあーもうっ、本当に何でもいいわよ!!」

(なんかコイツと話してると疲れるわ……!!)
彼がやっとキッチンへ行ったのを見送って、ヘキサはソファに腰を落とす。そしてぐるりと辺りを見渡した。一人で暮らすにも二人で暮らすにも広すぎる、立派な家だ。きっと元々は家族で住んでいたのだろう。手入れも行き届いており、彼が綺麗好きなのが窺える。そういえば執務室も整理されてたな、とヘキサは思い出す。机の上だけは書類でごちゃごちゃになってはいたけれど。
時折おかしな物が目に入った時は、そっと目線を逸らして見なかったフリをした。……いくつもの壷を、一体何に使うというのだろう。中身が非常に危険な色の気がするのは、気のせいだと、そう信じたい。

そうやって一通り眺めて、ヘキサは何気なく視線をある一箇所で止めた。細かな彫刻が施された、一目見て高価な物だと分かる花瓶に生けられた花が全て枯れてしまっていたからだ。気になって花瓶に近づくと、いくつもの花はやはり力なく折れてしまっている。――いつからこうしているのだろう? ヘキサはそんな疑問を抱きながら、ふと視界に入ったものを確かめる。

親子四人で映った写真が飾られている、古びた写真立てだった。誰もが皆幸せそうで、仲の良い家族だったのが嫌でも伝わってくる。ちり、とヘキサの胸が痛んだ。

「どうにも手入れをする暇がなくてつい、ね。花に申し訳ないとは思うんだが」
「じゃあ生けなきゃいいじゃない」

背後からかけられた声にヘキサは振り向かず、ただ思ったままを口にした。単純に勿体ないと思ったからでもある。

「まあ、そうなんだけどね。妹が言うんだよ、色は必要だって」
「ふうん」

ヘキサはまるで何も感じていないかのように軽い返事をして、彼が用意を進めているテーブルに戻る。ほんの一瞬芽生えた罪悪感なんて、最初からなかった事にして。

「……さっきから、何をじろじろ見てるのよ」

出されたはちみつレモンを飲むヘキサを、スウェルはずっと観察し続けていた。隠す気もないらしいあまりに露骨すぎる態度に、つい棘を含んだ口調になってしまったのは、仕方のない話だろう。

「いや、味覚があるんだなと思ってね」
「別に食べなくても平気だけど、そりゃあるわよ。じゃなきゃつまらないじゃない」
「へえ、そういうものなのか。じゃあこのクッキー食べないかい? もらい物なんだけど俺一人じゃ消費しきれなくてね、困ってたんだよ」
「あたしは残飯処理班か! ……そ、そこまで言うならもらってあげる」

ん、美味しい。紛れもない高級菓子の味だ。
これがいくらするのか、とか。作る人の労力だとか。そんなものは人外であるヘキサには関係ない。ただ美味しければ、それでいいのである。――というか、クッキーを添えてくるなら紅茶にしてくれればいいものを。心の中で悪態つきながら、クッキーを頬張るヘキサ。そんな彼女を、スウェルは楽しそうに眺めていた。気を遣ったわけではなく、ただ本気で処理に困っていただけ、というのは本人だけが知る事実である。

「ん?」
「どうかしたかい?」

そろそろクッキーも残り少なくなった頃、ヘキサはふと先程の会話を思い出す。つい流してしまったが、どこか違和感があったのだ。そう、ほんの些細な……

「アンタ、さっき俺って言ってなかった?」

そうだ、一人称が異なっていたのだ。ずっと「私」と丁寧に喋っていた男がいきなり私と言い出したのだから、引っかかるのも当然の話である。戸惑うヘキサだったが、当の本人はさほど表情を変えたりもせず、ああ、と納得したように呟いた。

「勤務時間は終わっているからね。いつもああだと肩が凝るだろう?」
「器用ね……」
「ありがとう」
「褒めてないわよ!」

どうもこの男、妙にずれている。間違いなく、ずれている。ここまで素直に自身が受け入れられている現実が、ヘキサにはどうしても腑に落ちなかった。
人間というのは、いきなり人外と遭遇してすんなり受け入られるものだろうか? そんなわけはない。ヘキサは自身が人間にとって未知なる生命体であるくらいは自覚していたし、それも己と命を握っているというのだから戸惑って当たり前で、警戒するのが極自然な流れだろう。それなのに、彼はまるで旧知の知り合いかのように普通に振舞う。はっきり言ってしまえば異常だ。
彼に恐怖はないのだろうか? 疑問で溢れたりは、しないのだろうか。

「ああもう、何であたしがここまで考えてるのよ」

ばっかみたいだわ、とヘキサは考える事を放棄しようとする。だが「何か」が引っかかって、それも出来なかった。

「さっきから百面相だね。忙しそうだ」
「誰のせいよ、誰の!」
「俺?」
「アンタ、分かってんじゃないの……!」

そうだねえ、なんてのんびりとした口調で返しながら、スウェルはカップに口をつける。ふわりと漂った香りで、ヘキサはようやく気付いた。……コイツ、自分だけ紅茶にしたわね! 受け入れられている、というのは前言撤回かもしれない、とヘキサは心の中で思い直した。

「全くもう、上の連中も何を血迷ったのよ……さっさと決めちゃえばいいじゃない」
「何をだい?」
「そりゃもちろん、アンタの生死をよ」

もぐもぐ、もぐもぐ。ヘキサはクッキーを食べる手を止める事なく、あっさりと言い放つ。(これ全部食べちゃっていいのよね? てか食べちゃおっと)
食べる作業に夢中になっていたヘキサは、気付かなかった。彼が、恐ろしいまでに綺麗な笑みを作っていた事を。

「もっと噛み砕いて話してくれると嬉しいのだけどね」
「じゅーぶん話したじゃない。誓約に触れたらどうしてくれるのよ」
「俺が納得出来るように説明してくれたらこのクッキーと同じメーカーのカステラもあげるよ?」
「話すわ!」

しまった、釣られてしまった。
ヘキサがそう後悔する頃には既に手遅れで、勝ち誇ったように笑うスウェルがそこにいるだけだった。

「人間はいつか死ぬでしょ。でもそれは決められた道筋なの」

ついでに、と淹れてもらった紅茶を飲みながら、ヘキサはもくもくと食べ進める。(まあ、あたしは悪くないわよね。あたしを選んだのは上の連中だし、視えちゃったもんはどうしようもないわけだし)
うん、おいしい。しあわせ。

「あまり穏やかな内容じゃないね」
「そうでしょうね。あたし達審判者は、対象者の過去の行いとか今後の影響とかを調べ上げるのよ。例えばすっごい悪人がいたとしても、ソイツが関わる人間の中に後のお偉いさんがいるかもしれないでしょ。逆にもの凄くいい人間でも、既に役目は終えてるかもしれない。この世界は、善と悪の微妙なバランスで成り立っているの。あたし達はそれを崩さないように、全体のバランスを保つ必要があるのよ。まあ、審判のポイントはいくつもあるんだけど……その上で、生か死か、公平なる審判を下すの。たまーに、例外もあるけど」
「事故だったり自殺だったり、それぞれ理由は違うわけだけど、それらも管理されてるのかい?」
「また別の管轄でだけどね。あたし達に任されるのは生死の判断だけ」

そう語りながら、カステラにフォークをさくり、と刺す。そしてゆっくりと口に運んだ。

「つまり、人の命なんて誰かが握ってるのよ。夢のない話でしょう」

偶然や奇跡なんて、そこにはない。唯一存在するのは必然だけだ。
起こりうる事件も、その時の生死も。誰も知らないところで誰かが把握していて、勝手に決めている。でも悲しいと嘆く必要も、悔しいと怒る必要もないのだ。だって誰も知らないのだから。

「通常、あたし達の姿は人間には視えないし声も聞こえない。存在すら認識できない。だって意味がないから。もっと簡単に、言いましょうか」

彼からの返事はない。ヘキサは一度顔を伏せると、それでも言葉を続けた。

「エーベンスウェルト・エチェベリア。貴方にはもうすぐ生死に関わる事故が降りかかるの。その時、どう審判を下すかを任されたのがあたしなのよ」

出会わなければ、無知のままいられたのにね。