DEAD OR ALIVE
第四話  モンは切り崩される

「ところで、ヘキサって女性で合ってるのかい?」
「……は?」

気になってた事があるんだが、なんて切り出すから何を言うのかと思えば。

「本当に、君の姿は誰にも視えないんだね」
「当たり前でしょ。アンタが視えてる事の方がおかしいんだから」

実は全部夢でした、なんて夢オチもなければ、スウェルの日常に変化が現れる事も当然なかった。紺色の軍服をきっちり着こんで硬い軍靴を鳴らしながら廊下を忙しく歩く人々も、時折執務室に訪れる己の部下も、誰一人としてヘキサの存在に気付きはしなかったのだ。
目の前に見知らぬ、言ってしまえば不審者が入り込んでいるというのに誰も目もくれないのは中々に奇妙な光景であり、貴重な体験だった。そもそも、そんな感想を抱く事自体が「ありえない」のだと、彼女はあっさり切り捨てるのだけれど。

「とは言え、この書類は変わってくれていいんだけどね。とりあえず私に回せば大丈夫だろうと放り込んでくるから困るよ」

スウェルの執務机の上には、書類の山、山、山。本来スウェルは綺麗好きなのだが、空いている場所がないくらいに書類で埋まってしまっている。思わず溜息をつきたくなってしまうのは仕方ないだろうと、スウェルは小さく息を吐いた。気分が沈んでしまう理由は、何もそれだけではないのだが。
(……七日、か。整理と引継ぎがどこまでやれるだろうか)
事務処理が早いスウェルに回される書類は、普段から多い。だが、今日の物はそれだけではない事にきっとヘキサは気付かないだろう。教えるつもりはないし、その必要もないだろうと思っている。自分の範囲内のものを、彼女に背負わせる気はない。

「アンタ、武官なんじゃないの」
「そんな私よりデスクワークが苦手な人が多いんだよ。困った事だけどね。それにそもそも、私を堅物ぽいと評したのはヘキサだったはずだけど」
「それはそうだけど……アンタの経歴が」
「ん? ああ、そういうのも知ってるのか。まあ結果は偶然の産物だよ」

偶然であんな経歴になるわけがないでしょうに、という言葉はかろうじて飲み込んで、ヘキサは本に視線を戻した。

「ね、ヘキサ今暇かい?」
「ぜんぜん」
「暇なんだね、よかった。この書類に判子押してくれると嬉しいよ」
「人の話を聞きなさいよ!」

アンタ絶対わざとでしょう! と咆えるヘキサは軽く流し、書類の束を手渡す。嫌そうな顔をしながらも結局受け取った辺り、ヘキサこそやっぱりわざとじゃないか、とスウェルは薄く笑った。
スウェルが書類と格闘している中、ヘキサは壁に寄りかかって本に文字を書いていた。その本が最初彼女が現れた時に持っていたもののと同じだったため、きっと彼女は彼女で仕事関連なのだろうと予想はついた。しかしなんとなく、ただ本当になんとなく、自分から逃げているためにしているようなそんな感じがしたのだ。どうやら間違いではなかったらしい。

「てかアンタこれ、重要なものなんじゃないの? 部外者に見せていいわけ」
「そこそこはね。まあ、ヘキサだから問題はないよ。後本当に大事なものはそこに混じってないしね。目は通してあるから平気」
「ああもう喰えない奴ね!」

ヘキサは反論しても無駄だと悟ったのか、書類を一枚手に取ってはぺたぺたと判子を押していく。
あ、これ本気で助かるかも。日頃常々と思っていた、猫の手も借りたいが叶った感覚だ。そんなスウェルの失礼すぎる心の声は、幸か不幸かヘキサには届かない。

二人の間に会話はなく、時計の音と二人が作業する音だけが響く中、スウェルは唐突に口を開いた。気になっていた事があるのだと、そう前置きして。

「ところで、ヘキサって女性で合ってるのかい?」
「……は?」

そして、冒頭に戻る。

「アンタね、それ以外に見えるわけ?」
「ほら、天使は両性具有だと言うだろう? 女性だとは思ったんだが、どちらでもない感じがしてね」
「だからあたしは天使じゃないわよ。ま、でも正解」

そう言うと、ヘキサはぱちん、と指を鳴らす。おや? ヘキサの様子が……
おめでとう! ヘキサは男性に進化した!

「って、アホじゃないの! そこ、無駄なBGM流さない!」
「雰囲気出るかなと」
「出るか!」

ボケと全力の突っ込み。
冗談はさておき、元々中性的な顔はそのまま、胸はなくなり声も若干低くなったヘキサは、明らかに先程までとは違う空気を纏っていた。スウェルはそんな彼女――彼かもしれないが――をまじまじと見つめる。実に興味深い。

「ちょっと、あんまり見ないでよ」
「面白いな、と。世の中には意外とファンタジーが溢れてるものなんだね」

妖精だとか、魔法だとか。子供の頃なら夢見ていられたものも、大人になってから口に出せばもれなく痛い人扱いを受ける単語。けれどもしかしたら、本当に存在するのかもしれない。そう思わせてしまうほどに、彼女の存在は強烈だ。――良くも悪くも。
面白い、という表現が気に触ったのかヘキサはやや不機嫌そうな顔をした後、再び女性の姿に戻った。

「ああ、そちらの方が落ち着くね」
「お察しの通り、元々性別はないのよ。ただあたしの元になった魂が女のようだったから、女の姿を取ってるだけ」
「元になった魂?」

スウェルはペンを動かしていた手を止め、彼女の発言を反復する。つい少し前の姿を思い出すと、性別不詳に思えていたはずの容姿が急に女性っぽく映るのだから不思議なものだった。

「審判者っていうのは、死者の魂からランダムに選ばれるのよ。公平な者なんて聞こえはいいけど、ようは中途半端なわけ。天使とかと違ってあたし達は転生も叶わず、途方もない長い年月を命の審判者として生きる羽目になるの。まあ、選ばれた方としては迷惑な話」
「……あれだけ嫌がってたわりには、あっさりと喋るね?」
「もう諦めた。尋問されて話すよりは、自分から口にした方が気が楽だもの。はい、判子押し終わったわよ」

まあ確かに、真理である。しかし尋問とは中々手厳しい言い方だな、と心の中で思いながらも、ヘキサから書類を受け取った。
うん、このペースならもっと増やしてもいいかも。
トントン、とリズム良く書類の束を整え、処理済の書類の横に並べると、ヘキサの方に視線を移した。

「助かったよ、ありがとう」
「べ、べつに」
「じゃあ次はこの倍の量で」
「……アンタがどういう人物なのか、大体掴めてきたわ」
「それは嬉しいね。私はよく分かりにくいと言われるから」
「原因を作ってるのもアンタでしょうが!」
「あはははは」

傍から見れば非常に胡散臭い笑みを浮かべつつ、す、と席を立つ。その動作を不思議そうに眺める彼女に、スウェルはにっこりと笑った。

「丁度いい時間帯だしね。昼食にしよう」
「そんな時間なのね」
「適当に何かここに持ってくるから、一緒にゆっくり食べようか」
「いちいち面倒な真似しなくても、一人で食べればいいじゃない」
「折角一緒に食べる人がいるのに、そんな勿体ないことはしないよ。流石に作る暇がなくていつも食堂だったんだが、明日は早起きして弁当作りでもしてみようかな」

美味しい弁当の作り方、だとか。10分で出来る朝のお弁当、だとか。本屋を探せばそんな本が沢山あるはず、とスウェルは笑みを深くする。毎日弁当を作ってきている女性に尋ねてみるのもいいかもしれない。ああやはり、食材を買い足さなくては。

「なんか楽しそうね?」
「楽しいよ。どこの店に寄ろうとか、何買おうかとか、何作ろうとか。ヘキサはどんな味付けが好きだろうとか、ね。うん、楽しい」
「……アンタ、やっぱり変な奴よ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

好きになさい、という彼女の呆れたような言葉に、スウェルは微笑み返すだけだった。審判する側である彼女にスウェルの心情が理解出来ないのは当然だろうと分かっているからだ。私は恵まれている方だと思うよ、なんて言えば彼女は困惑するに違いないとも。

一週間の間に病気が見つかる――というわけではないだろうし、自分から死を選ぶのもありえないし、恐らくは遠征か何かで致命傷を負うのだろうとスウェルは見当を付けている。ひょっとしたら、避けられる運命なのかもしれない。けれどそうしようとは思わない。どうせ何をしていても、タイムリミットは迫ってくるのだろうから。それを知っているだけでも充分に有難かった。おかげで準備する期間が作れるのだ。

元々、自分がいつ亡くなってもいいようにはしてあったのだけれど。

「さて、何にしようかな。今日のオススメメニューにでもしようかな」

人間が死ぬのなんて早いか遅いかの違い。そう言っていたのは誰だったか。戦死した友人や部下だったのか、自分達を置いて逝ってしまった両親だったのか、それとも妹か。或いは、幼き日の自分か。

答えは、いつまで経っても出なかった。