DEAD OR ALIVE
第六話  ヒトカケラの幸福

命の審判者というものは、通常人間には視えない。声すらも聞こえない。存在すら認識できない。 それがヘキサ達の世界での「常識」だった。昨日まで当たり前のように信じていた常識が覆されるというのは、決して些細ではない。些細であって良いはずがない。――――ないのだが。

「疲れた……」
「なんだかげっそりしてるね」

よほどショックだったのか、ヘキサは病室を出てからスウェルの部屋に辿り着くまでずっと黙っていた。それはもう、声をかけるのも躊躇うほどに暗いオーラを背負って。

「大体ね、誰のせいよだれの!」

ヘキサはきっ、とスウェルを睨みつける。涙目のせいか、大した迫力はなかったけれど。

「視えるものは視えるんだから仕方ないと思うんだけどね」

それがどれほど非現実であると説かれても、視えるし会話も出来るのだから、スウェルとリーゼにしてみれば八つ当たりされているようなものである。だが、ヘキサにとってはそう簡単に割り切れる事ではなかったのだ。

「ああもう嫌だわ悪夢だわ……」
「大変だねえ」
「アンタのせいよばか!」

ああもう! と当り散らしながら、ヘキサはソファにどかっと腰を下ろす。そんな光景を見て、スウェルは気になっていた事を尋ねた。

「ヘキサ以外の審判者も君に似た性格なのかい?」
「なんで」
「皆そんなにムラがあるのかなと」
「……あたしを貶してるのかしら」
「いや、そうだね……。人間くさいな、と思っただけだよ」

よくも悪くもね。心の中でそう付け足して。

「大体の奴は淡々としてるわ。口数も少ないし、感情表現だって薄いもの。願い年月の中でやがて心を失っていた連中ばかりよ」

スウェルの言葉が癪に障ったのか、他の誰かを思い出してしまったのか、ヘキサはむすっとしたように吐き捨てた。
まあそれはそうだろうな、とスウェルは一人納得する。おそらくは、審判者の中では人間味溢れたヘキサの方が異質なのだろうとも。だが、彼女は「でも」と続けた。

「ノエルは、そうじゃなかったわ」
「ノエル?」

彼女の口から初めて出る名前だった。不思議そうに聞き返したスウェルに、ヘキサはこくりと頷く。

「あたしとパートナーを組んでた審判者よ。のほほんとしてマイペースで、自分より他人の幸せを願うような奴だった」
「へえ……良い人だったんだね」
「今はもう、パートナーは解消されてるけどね。アンタとは違う意味で変な奴だったわ」

懐かしそうに語る彼女は、とても穏やかな顔をしていた。きっと、その人物の事を大切に想っているのだろう。

「……少し、妬けるね」

自分の知らない世界での彼女を知っているから、も理由の一つだったが、何よりも。ノエルという人物について喋っている時の彼女は、今までで一番人間くさかったのだ。

「はあ? アンタ、何言ってるのよ」
「冗談だよ。多少は、ね」

ヘキサはやや時間を置いてからスウェルの発言の意味を理解し、かあっと顔を赤くする。そして「アイツとは別にそんなんじゃ……! た、ただのパートナーよ、勘違いしないでよね!」だなんて、どこぞのツンデレのような台詞で言い訳をした。――つまり、相手は男という事でいいのだろう。或いはどちらでもないのかもしれないが。
スウェルがなんとなくふてくされていたら、突然彼女はぷっと吹き出した。驚いて彼女の方を見ると、何故か目を細めておかしそうに笑っていた。

「……どうかしたかい?」
「だってすっごい子どもっぽい顔してるんだもの……! かわいかったわ」
「……あのね」
「ほら、今も! いっつも余裕綽々だけど、結構子どもっぽいとこもあったのね」
「君から見れば子どもかもしれないが、いい歳した男が可愛いといわれてもね」
「いいじゃない、そのくらい。ふふっ」
「笑いすぎだよ、君は」

一体どこに笑う要素があったのか。ツボにはまってしまったのか、彼女はしばらく笑い続けた。
ヘキサが楽しそうならいいか、とも思ったが、自分の事でこうも笑われるのは正直反応に困る。彼女に悪気は一切ないのだから、尚更。結局スウェルは彼女をおさめる術を持たず、苦笑いしながら彼女を見守った。互いに新しい一面を知った、そんな日。

**

(どうか、起きませんように)
寝静まった頃、ヘキサは物音を立てないように注意して彼の部屋から抜け出すと、ある場所へと向かう。こそっと明かりをつけ、無駄に長い髪を一つに結ぶ。そして正面から向き合うと、左手を腰にやり、右手を胸の前でぐっと握った。

「あたしだってやれば出来るんだから……! みてなさい!」

やったこと、ないけど。
ずっとずっと昔の、自分さえ覚えていない頃まで遡るなら分からないが。でもそんな事はどうでもいい、さあいざ!

少しの力を使ってふわふわと浮いている料理の本を見ながら(スウェルの私物だ)本と同じ作業をしていく。皮を厚く剥きすぎてしまったり、指を切りそうになったり、形が歪になったのを気にしたり、四苦八苦するその姿はどこにでもいる普通の女性のようだった。そしてふと、ヘキサの脳内に彼に言われた言葉が蘇る。

”人間くさいな、と思って”

それは、自分たち審判者にとって喜んでいいような台詞ではない。そんなものは必要ない、というのが他の連中の持論だからだ。そのせいで、審判者としては珍しくも喜怒哀楽が豊かだったヘキサとノエルのコンビは孤立していた。まあヘキサとしても薄ら笑いしか出来ない連中は気味が悪かったため、お相子ではあるのだが。

ノエル。
最後にそう呼んだのは、いつの日だっただろう。

「ふふ」

ノエルの話をした時のスウェルの表情を思い出してしまい、つい顔が緩んでしまう。危うく手元が狂うところだった。しかし一度思い出してしまうとこみ上げてくる笑いを抑えられない。感傷に浸っていたはずが、気付けば笑いながら料理をするヘキサがそこにはいた。

「……ヘキサ?」

スウェルがいつも通りの時間に目を覚ますと、彼女の姿はなかった。どこかへ出かけたのだろうか。それとも本来の居場所に帰ったのだろうか。疑問を抱きながらも、とりあえず朝食を作ろうとキッチンまでの道のりを歩く。自分を”監視”しているはずの彼女が何も告げずに長時間いなくなるとは、到底考えられなかったからだ。

「ヘキ、サ?」
「お、おはよう! いい天気ね!」
「おはよう。それと、今日は確か大雪だったと思うよ」

さて、これはどういう事なのだろう。まず、キッチンの明かりがついているのに驚いた。その後、彼女がいる事にも驚いた。更に言えば、漂う良い香りにも。

「こ、細かい男は嫌われるわよ!」
「その時はその時。……ヘキサ、これは」
「べ、べつに、その、ただの気まぐれで、その……別に八つ当たりしちゃったことへのお詫びとかそういうのじゃないのよっ」

よほど恥ずかしいのか、彼女は俯きながら小さな声で喋る。結んでいるために隠しきれていない耳は真っ赤だった。
食べなくても平気だから作る必要がない、と言っていた彼女が。スウェルのために料理を、作ってくれたのだ。あちこち焦げてしまっていたり、形が悲惨な事になっていたりもするが、大切なのはそんな事ではない。

「ヘキサ、顔をあげて」
「ううう……」

スウェルが出来るだけ優しげに声をかけると、ヘキサはゆっくりと時間をかけて顔を上げる。二人の目が合った時、彼は思わず見惚れてしまいそうなほどに綺麗な笑みを浮かべていた。

「ありがとう、ヘキサ」

作りものではない、彼の心からの笑顔が自分に向けられたのはきっとこの時が初めてだった。いつもそうしていれば、周りの評価だって変わるだろうに。そんな風に思いながら、ヘキサはしどろもどろに返事をした。

「いただきます」
「い、いただきます」

どうしても落ち着かず、そわそわしながらスウェルの方を見る。最初の一口を掬って彼が飲み込むまで、ずっと目で追い続けた。

「……まあ素直に美味しいとは言えない味だけど、嬉しいよ」
「そこは嘘でも美味しいって褒めなさいよ!」
「初めて作っただろう料理が美味しかったら凄いと思うよ」
「それはそうかもしれないけどっ!」

それにしたって言い方というものがあるのではないだろうか。むかっときたヘキサは自分の分を乱暴に口に放り込む。……あ、確かにこれ美味しいとは言えないわ。
吐きそうなほどまずい! というわけでもないが、かといって美味しくもない。なんというべきか、表現しがたい微妙な味だ。彼の反応はまあ、致し方ない気もした。しかしそれでも、スウェルは手を止める事なくぱくぱくと食べ進める。

「……無理して食べなくても、いいわよ」
「無理? 俺はそんな無謀な事はしないよ」
「おなか、壊すかもよ」
「そうしたらヘキサに看病してもらおうかな」
「胃薬なら、用意してあげる」
「ついでに君が作ったお粥もセットでね。楽しみにしてるよ」
「努力はする、わ」

やっぱり、コイツ変な奴だわ。
そんな会話を繰り返しながら、朝のゆったりとした貴重な時間は流れていった。

「ん?」

朝食を作ってもらったお礼にと、スウェルは丁寧に皿洗いをしていた。そんな時、キッチンの隅に残っているあるものに気付く。あの日の、色鮮やかな花びらだった。 ここにあるという事は、花瓶の水も変えてくれたのだろう。八つ当たりしてしまったから、と口を滑らせていたが、なんとも律儀である。
久しく感じていなかった日常を感じて、スウェルの胸にあたたかなものが宿る。ああきっと、幸せというものに形があるのなら、こんな時なのだろう。

「ありがとう、ヘキサ」
「どういたしまし、て」

タイムリミットは、刻一刻と近づいてきていたけれど。

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