DEAD OR ALIVE
第七話  それぞれの思いの形

ヘキサが朝食を作った後、スウェルは普段通り二人分の弁当を作って出勤した。最近になって弁当を持参し出した彼に「彼女でも出来たか?」と周りは噂しているようだが、他人の目など一切気にしないスウェルはあっさりスルーしている。この殺戮した世界で、それだけの余裕があるのは寧ろ良い事だとすら思っていた。……相手が部下の場合は、こっそり仕事を増やしておいたが。

「はい、終わったわよ」
「ありがとう」

判子が押された書類を受け取り、スウェルは時刻を確かめる。

「そろそろか」

さて、と重たい腰をあげる。今日は午後から会議から入っているのだ。どうせ最後にはぐだぐだになるのだろうと思うと面倒極まりないが、こればかりは欠席するわけにもいかない。階級を示すバッジが曲がっていないのを鏡で確認して、彼女に声をかけた。

「じゃあヘキサ、行こうか」
「それなんだけど、あたしは別行動でいいかしら」
「かまわないけれど……迷子にならないようにね」
「なるか!」

にこにこと手を振るスウェルに視線だけをやって、ヘキサは窓から外へと出て行く。彼女を見送り、スウェルも部屋を後にした。

**

「エーベンスウェルト・エチェベリア、リーゼロッテ・エチェベリア……」

ヘキサはある場所に辿り着くと、その建物を上空から眺めながらぱらぱらと本をめくる。わざわざ彼から離れたのは、彼のいないところで考えたかったからだ。
本来決して視えないはずの審判者が見える兄妹。偶然、奇跡。そんな簡単な事で済ませようともした。けれど、出来なかった。直感が告げている、何か裏があるのだと。

「そもそも、スウェルの審判だって異例なのよね……」

一週間付きっきりな事も、上の連中がこうも気にかける事も、そうそうない事例だ。

(親子四人、四年前に審判を受けてる。原因は旅行中に起きた事故。両親二人は即死、この時の後遺症でリーゼロッテは今もまだ入院中。唯一、スウェルだけは軽傷だった……)
一覧に目を通し、自分なりに噛み砕いていく。四年前。そのキーワードが、ヘキサの頭の中で引っかかる。あと少しで答えに辿り着けそうな気がするのに、喉まで出かかっているのに、どうしても出てこないのだ。

「何で四人とも担当審判者の名前が空欄なのかしら」

書き忘れかと流していたが、よくよく考えてみればそんなミスをするような奴がいただろうか。まさか意図的に隠した……? そこまで思案し、このままこうしていても解決しない、と本を閉じると地上へ降りる。
目当ての場所を見つけたヘキサは、こんこん、と窓を叩く。音に気付いて目を丸くする少女に軽く微笑み、窓をするりと通り抜けて病室へと入っていった。

「ヘキサさん! 今日も来てくれたんですね!」

ヘキサを見るリーゼの目は、きらきらと輝いていた。今日のパジャマはピンクではなく、花柄のオレンジ。これも少女によく似合っていた。

「ええ。……ああごめんね、何か持ってくればよかったわ」
「いいえ、気にしないでください。来てくださっただけで嬉しいです」

そんなやり取りをしながら、ヘキサは彼女との距離を縮めていく。一歩ずつ近づく度に、漠然とした違和感がヘキサを襲った。何かが噛みあっていないような、妙な感覚。一体これは、なんなのだろうか。場所に理由があるのか、少女自身のものなのか。スウェルから感じるものと近いのに、彼女の方が「それ」が強い。

「お兄ちゃんは仕事中ですか?」
「ええ、今は会議中。邪魔だろうから、席を外したのよ」

嘘と言うほどではないが、真実でもない言葉を吐き出す。兄に会いたかったのだろう、リーゼは寂しげに目を伏せた。しかしすぐに顔を上げ、ヘキサに向かってにっこりと笑った。

「あの、ヘキサさん。お願いがあるんですけど」
「なに?」
「ヘキサさんの前でお兄ちゃんがどんな感じなのか、教えてもらえませんか?」

予想もしていない「お願い」に、ヘキサは面食らう。

「……断っておくけど、褒めるような内容にはならないわよ?」
「ふふ。それが聞きたいんです」

やはり、面白い少女だ。繊細そうに見えて変に図太いところは、スウェルによく似ている。まあこう言ってるんだしいいか、とヘキサは思ったままを喋り始めた。
余裕たっぷりの笑みが気に食わない、とか。人をからかいすぎたとか。そもそも趣味が悪すぎるのだとか。……それでも時々優しい、とか。宣言通り、決して褒めるような内容ではなかったが、リーゼは時折相槌を打ちながら、楽しそうに聞いていた。

「よかったなあ」
「よかった? 何が?」

一通り喋り終わった後、リーゼがぽつりと呟く。

「お兄ちゃん、ああいう人だから。ちゃんと理解してくれる人って少なくって」
「……そりゃまあそうでしょうね」

……しまった、流石に失言だっただろうか。ヘキサは恐る恐る少女の顔を盗み見るが、リーゼは満足そうに微笑んでいた。まるで、最初からその言葉を待っていたかのようだ。掴みどころがないのも、兄と同じらしい。
リーゼはヘキサを正面から見据える。そして、ヘキサにとって最も残酷な言葉を紡いだ。

「ありがとう、ヘキサさん」

――――今までずっと目を背けてきた罪悪感が、一気に湧き上がってきた。

「あたし、は……」

間違っても、ヘキサはお礼を言われるような立場ではない。今日ここへ来たのだって、確かめたい事があったからに他ならない。もし、もしも。本当の事を少女に告げたなら。少女はもう一度同じ台詞を言えるだろうか?

(貴方の兄を奪うかもしれない、って? ……ばか、言えるわけないじゃないの)
溢れてくる気持ちを押し込めるように、ヘキサは左手を力強く握り締める。何があろうとも、それでも自分は自分の進む道を曲げるわけにだけはいかないのだ。

「ヘキサさん?」

表情を曇らせたヘキサに気付いたのか、リーゼは不思議そうに彼女の名を呼ぶ。

「ごめ、ん」
「え?」
「ごめん、ごめんね……」

一体どれだけの人間が、大切な人を失う痛みを味わっただろう。どれだけの人間が、涙を流しただろう。きっとかつては自分も、そうやって生きてそして死んだはずだ。
人は生まれたその瞬間から、死と隣り合わせになる。極当たり前の現実。だが、受け入れられるかは全く話が別である。そんな人間の生き様から、ヘキサはずっと目を逸らしていた。ずっと、ずっと、長い間。背負うには、あまりに重すぎたから。いっそ恨んでくれればいい。罵ってくれればいい。許してほしい、だなんてのは奪う方の身勝手なわがままなのだから。

俯いてしまっていたヘキサの頭にぽん、と少女の手が乗せられ、そのままゆっくりと撫でられる。あたたかな何かが、流れてくるのを感じた。

「これ」は、少女のものではない。もっと別の、何かだ。自分と同調するこの感じは――――……。
ヘキサが勢いよく顔を上げると、少女のポケットが淡い光を発しているのが見えた。

「リーゼロッテ……。あなたは」
「あれ? これ、光る石だったのかな」

リーゼがポケットから取り出したのは、小さな袋だった。彼女は未だ光り続ける袋から中身を取り出す。中身を見たヘキサの目が、これ以上ないくらいに見開かれた。

「……っそれ……!! それは、どこで!!」

完全に平静さを失っているヘキサに気付いているのかいないのか、リーゼはきょとん、と首を傾げる。

「わたしも、どうして持ってるのか覚えてないんです。四年前の事故のとき、右手に握り締めてたんだってお兄ちゃんから聞きました」
「……見せてもらっても、いいかしら」
「はい、どうぞ」

リーゼが快く差し出してくれたものを受け取ると、ヘキサはまじまじと見つめた。
吸い込まれてしまいなほどに深い、深い緑色の石。細長い楕円状のそれは真っ二つに割れてしまっている。

もう、少女からは何の違和感も感じない。正体はこれだったのだと、ヘキサはようやく確信した。信じたくはないし信じられもしないが、頭に浮かんでいるものと同一とするならば。どうして少女がこんなものを持っている――――?

「あれ? ヘキサさん?」

リーゼはきょろきょろと辺りを見渡す。ヘキサは一歩も動いていないし、目の前にいるにも関わらず。
もしかして、と一つの可能性にいきついたヘキサは、少女の顔の前で手を上下に振る。しかし少女が気にする素振りはない。声もかけてみたが、やはり反応は得られなかった。

「帰っちゃったのかなあ」

諦めたにも似た声が、演技であるとは到底考えられなかった。ヘキサはごくりと唾を飲み込み、彼女の手に石を握らせる。

「あ、ヘキサさん。おかえりなさい」
「え、ええ……。石、見せてくれてありがとう。綺麗な、石ね?」
「ですよねっ。とても大切なお守りなんです」
「……ねえ、もしかして、スウェルも……持ってる?」

聞かなくても、本当は既に分かっていたけれど。それなのに口にしてしまったのは、どこかで認めたくない自分がいたからなのかもしれない。

「はい、お兄ちゃんも持ってますよ」

ヘキサの心情など知りもしないリーゼは柔らかくわらって、あっさりと止めを刺す。

「わたしの手術が終わった後に割れちゃって……お兄ちゃんと半分ずつ持つことにしたんです」
「……そう。ありがとう」
「? はいっ」

「そろそろ帰るわね」とリーゼに挨拶して、ヘキサは部屋から出て行く。真っ白な塊が、ヘキサの羽を濡らした。

"今日は確か大雪だったと思うよ"

ああ、今朝彼が言っていた通りだ。もっと真剣に聞いておけばよかったのかもしれない。そうしたら、白が覆い尽くす事もなかっただろうに。

あの人の瞳の色によく似た、深い緑。あれは間違いなく、彼のものだった。使命を投げ出して、己の命すら捨ててまで、貴方は何を守ろうとしたの。

ねえ、――――ノエル。

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