DEAD OR ALIVE
第八話  残された者達が出来ること

「お帰り、ヘキサ。遅かったね」

ヘキサが執務室に戻ってくる頃には、会議もすっかり終わっていた。いつもと何一つ変わらず、最後にねちねちと嫌味を受けて。スウェルがそんなものを気にするような性格ではないと分かったのか近頃では随分と減ったものだが、嫌味を言うしか能がないという人間はどこにでもいるものだ。……と諦めてはいつつもやはり面倒なのには変わりなく、やや乱暴な動作で書類をめくる。

「……ヘキサ?」

返事がなかったため、もう一度呼ぶ。彼女は心ここにあらずといった様子だった。

「え? あ、え、何かしら」
「いや……何か、あった?」
「なんでもないわ」

――――そう言うなら、平然としていればいいのに。嘘をつくのが苦手な方だと、彼女はきちんと自覚しているのだろうか。元々スウェルは洞察力に優れた人間だが、それを差し引いても彼女は鈍すぎである。 思いつめた表情をしていたのは気になったが、向こうから話してくれるまで待とうとスウェルは書類に視線を戻した。正直なところ、彼女に構っている暇がなかったのだ。
残された時間は、もうほとんどない。

「……ねえ、スウェル」

無音が続いて、どれほど経った頃だろう。彼女は静かに彼の名を呼んだ。

「どうかしたかい?」

スウェルが聞き返すと、言いにくそうにまた黙ってしまったけれど。これは本格的に何かあったな、と悟ったスウェルは書類とペンを置き、彼女が口を開くのをただ待った。
彼女の赤い瞳が、行き先を探してゆらゆらと揺れるのを眺めながら。

「リーゼロッテのお見舞いに、行ってきたの」
「ああ、それで。あの子の相手をしてくれてありがとう」

だから会議についてこなかったのか、と納得は出来たが、しかし腑に落ちない。妹はあれで気遣いに長けた子であるし、ヘキサを傷つけるような事はしないだろう。……となると、無自覚にヘキサの負い目を抉ってしまったパターンだろうか。

「スウェル。リーゼロッテが持っていた石と同じものを、貴方も持ってるのよね」
「石……? ああ、これかい?」

一瞬何の事かと考え、思いついたスウェルは首元に手をやる。そして服の下に隠れていたペンダントを彼女に見せた。マラカイトのように深い緑色の石は、四年前に妹が握りしめていたものだ。どこで手に入れたのかと尋ねてみても彼女にも心当たりがなかったらしく、二つに割れてしまった後は二人で持つ事に決めた。リーゼはそのままお守りに、スウェルはペンダントにして。
誰かに見守れている気がする理由も、それが一体なんなのかも、結局わからないまま。

「四年前、か」
「ヘキサ?」
「あたしはちょっと上に戻るわ。明日の……朝までには戻ってくるから」
「分かった。……ヘキサ」
「夕飯も朝食もいらないわ。じゃあ、またね」

言い終えるや否や、彼女は部屋から出て行く。声をかける事も追いかける事もどちらも出来ず、残されたスウェルはただ手を動かした。彼女に成すべき事があるように、彼にもまたすべき事がある。それが例え、どれほど理不尽であったとしても。

(出来るだけ、誰にも会わないようにしないと)
ヘキサは人目につかないルートを選びながら、目的地を目指して羽ばたいていた。肌に突き刺さる独特の空気が、少しだけ懐かしくもある。建物自体は神殿のような作りで、神秘的な雰囲気を放っているはずなのに、全体の色合いが灰色のせいでどうにも気分が暗くなってしまう。建物が住人の心を映し出しているのか、それともその逆か。どちらにしろ、非常に辛気臭い。これならばスウェルの執務室の方が幾分もマシだ。

途中で何人かとすれ違ったが、向こうから話しかけてくる事はない。遠くから異端の物を見る目で眺めて、すぐにまた動き出す。大抵それで終わりだ。

ヘキサも、そうだった。
ノエルに出会うまでのヘキサは、他の審判者となんら変わりはなかった。ただ淡々と、事務的に、己に与えられた役目をこなす日々を送っていたのだ。むなしいような、さみしいようま、かなしいような。そんな想いを胸に抱えながら。

「僕……で合ってるのかわからないけど、なんとなく僕って言っちゃうんですけど。えっと前フリは置いといて、僕はノエルっていいます。よろしくお願いします!」

そう、彼に出会うまでは。

(パートナー、なんて聞こえはいいけど要は厄介者を押し付けられたのよね)
これから向かう場所のせいか、当時の出来事を嫌でも思い出す。思い出を話す人がいなかったために、もう大分薄れてしまったけれど。

差し出された手を無視していたら、無理やりに握られた。握手から親睦を深めるのだと、訳の分からない事を言って。そんな風に、ノエルという新米審判者はとても純粋な人物だった。人間でも滅多にいないのでは、というほどに真っ直ぐだった。素直に悲しみ、泣き、素直に怒り、素直に喜ぶ。そういえば、雪も綺麗だと零していたはずだ。だがどうせ最初だけだろうと、その時は馬鹿にしていた。そうして絶望を知るのだろうと。

自分が生きてきた軌跡も何もかもを忘れ、何をすべきかも分からず、ただ彷徨うだけの魂。そのほとんどが審判者という肩書きを知った時に宿命だと受け入れるが、受け入れられない者も中にはいた。しかし否応なしに過ごしていく中で、そんな気持ちを抱いていた事さえいつかは忘れてしまう。けれどノエルは、彼だけは、どれほどの時間を過ごそうとも変化が現れなかった。彼のひたむきさは、やがてヘキサの心すらも動かす事になる。

「着いた……!」

ヘキサがようやく辿り着いたのは、端の端、訪れる人もあまりいない建物。随分と昔は使用されていたらしいのだが、使われなくなった今となっては寄り付く者はそういないのだ。ある意味、いわくつきの場所である。

「のはいいけど、どこよ!!」

ヘキサの叫びは、無情にも誰もいない廊下に響き渡る。先の見えない長い長い廊下、いくつもあるドア。ナンバープレートが空欄であるため、どの部屋が目的地なのが見当がつかない。

「はあ〜、仕方ない。一つ一つ確認するしかないか」

この分だと、約束した時間までに戻るのは厳しいかもしれない。そんな思いがヘキサの頭に掠めたが、しかし挫けるわけにはいかなかった。ヘキサは覚悟を決め、ドアノブに手をかける。

当時、ヘキサと彼の部屋は隣同士だった。パートナー同士、その方が都合がいいだろうと判断されたからだ。ヘキサは同部屋でもかまわないと申し出たのだが、「女性と同じ部屋なんてそんな!」とノエルが反対したためでもある。今にして思えば、実に人間くさい審判者だった。色々な物を持ち出しては、よくどちらかの部屋で馬鹿騒ぎもしたものだ。終いには「迷惑だ」と互いの隣人が出て行ったのも、良い思い出である。

「あーもう、ホントどこなのよ!」

いくつもドアを開けてみるものの、先にあるのは家具すら並んでいない部屋ばかり。――――ここに移されたのだと、風の噂で聞いたのに。
ヘキサは懲りずにまた新しいドアを開く。そこにあるのも、やはりまた無だった。

いつまでも変わらなかった彼は、ある日姿を消した。上の連中に問い詰めてみても、掟を破っただけだと言って教えてはくれなかった。お前は何も知る必要はないと、そう冷たく言い放って。
隣にあったはずの部屋も空間ごと切り取られ、別の場所に移されてしまう。うるさかったはずの場所は、物音一つしない空間になってしまった。

「ああもう、あたしは何やってるのよ……。しょうがないじゃない、アイツの本は消去されちゃったんだから部屋を探すくらいしかないのよもう!」

当たり散らかしたところでどうしようもないが、そうでもしなければやっていられなかった。誰もいない薄暗い場所で延々と同じ作業の繰り返しというのは、精神的に色々くるのだ。

存在を抹消されてしまったノエル。
人間の女の子に命を託したノエル。
何を想っていたのか、最期に何を想ったのか。あなたはどうして、何も言ってくれなかったのだろう。

「ここでありますよーに!!」

念じるようにドアノブに手をかけ、勢いよくあける。沢山のものが、視界に飛び込んできた。

「みつ、けた……!?」

明らかに、先ほどまでは異なる部屋だった。……よくも、わるくも。

「何コレきったな!!」

確かにノエルの部屋は、物で溢れていた。それでも流石に、ここまでではなかったはずだ。誰かが倉庫代わりにでもしたのか、物で埋まり、隙間などないほどに散乱している。
汚い、とにかく汚い。汚すぎる!
一周見渡してから、ヘキサはごくりと唾を飲み込み、中に足を踏み入れた。何かを踏みつけてしまったが、それが何なのかさえ分からない。これぞカオスの極み。この中では、とてもではないが目当ての物は見つかりそうにない。

「仕方ない、掃除するか……」

もしや今の自分はとても間抜けなんじゃないかと、ヘキサは一人肩を落とした。

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