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緋色の魔女
冷えた指先を暖めるのは誰ですか

「私の前で剣を抜いた事、精々あの世で後悔するんだな」

赤い瞳が不気味に揺れ、ロッドの先からは業火の炎が生まれた。この世の全てを憎むかのようにいつまでもいつまでも燃え続けて。

「お師匠さま、準備は整いましたか? お手伝いしましょうか」
「だ、だいじょうぶなのですっ。後はこれを詰めるだけ……っうん、今でます!」

少女は大きな手提げ鞄を一つ持って、ばたばたと部屋を出る。扉の前で待っていてくれた青年に「お待たせしてごめんなさいです」と謝ると彼はふっと目を細め、少女の頭に手を伸ばした。

「リボンが曲がっていましたよ、お師匠さま」
「はわっ!? あ、ありがとなのです」
「いえいえ。私が急がせてしまいましたしね。では、行きましょうか?」
「あっ。に、荷物っわたし持つです!」

自然な動作で鞄を取られ、少女は慌てる。一生懸命に訴えてはみるものの、高く掲げられてしまうと少女には到底届かない。二人には実に五十cm以上の身長差があるためだ。

「あうう……」
「こういうのは男の役目なのですよ、お師匠さま。さて、では転移魔法を使いますね」
「はい! ありがとうなのです、セオ」

青年は嬉しそうに笑うと、胸元のペンダントに触れる。すると淡い白銀の光が生まれ、光の粒が集まるようにしてロッドの形を成していく。それを握ると目を瞑り、静かに詠唱を始めた。

二人の足元に、白銀の魔方陣が浮かび上がる。常人では目にする機会もない高位魔法だ。

「――――テルト・テーション」

古びた一軒家にいたはずの二人は、あっという間に森の入り口に移る。奥へと進んでも必ず同じ場所に戻され、あの森に近づいてはいけないと恐れられる「魔女の森」だ。ただ単に、絶えず張られている結界の影響で条件を満たした者しか入れないだけなのだが。

「気持ち悪くはありませんか、お師匠さま。転移魔法は独特の揺れがありますからね」
「だいじょうぶですっ。それにセオの魔法はとっても安定してるのですよ。わたしはセオのように正確な位置には飛べないですし、揺れも大きいのです……」

少女はしょんぼりと肩を落とす。師弟関係とはいえ、青年の方がずっと優れているのだ。先程の転移魔法一つにしてもそうである。少女も一応は使えるが、飛ぶ先の指定は非常にアバウトで、かろうじて目的地の近くに辿り着くので精一杯だ。と言っても転移魔法を使えるだけでも充分に素晴らしいのだが、寸分の狂いもなく思い描いた場所に飛べる弟子がいては落ち込んでしまうのも仕方のない話だろう。

「うう、わたしはお師匠さま失格ですね……」
「そんな事はありませんよ、お師匠さま。私は心から尊敬出来る方を師に持ちました。私以上に恵まれた魔法使いは他にいません」

そう言い切る青年の瞳はどこまでも真っ直ぐで、紛れもない彼の本心なのが伺える。俯いてしまっていた少女も、こくりと小さく頷いた。差し出された青年の手を取り、ゆっくりと歩き出す。

緩やかなウェーブのかかった漆黒の髪を青いリボンでポニーテールにし、赤い瞳の少女がエイレンティア・ルーン・アンブローズ。

白銀の長い髪を赤い髪留めで一つに束ね、青い瞳の青年がセオドリーク・ルーン・オルブライト。

対照的な色を持つ二人はそれぞれ「緋色の魔女」、「守護の魔法使い」と呼ばれ、師弟であり家族でもあった。

◇◇◇

「人が多いですから、はぐれないでくださいね」
「は、はいなのですっ!」

がやがやと賑やかな人込みに紛れながら、二人は城下町を歩く。普段は森の奥にある家で人目を避けて生活している二人だが、一ヶ月に一回だけこうして街に下りる。作った薬を売り、必要なものを買い揃えるためだ。

国に仕える国家魔法師である二人は、多額の研究費を受け取ってはいる。だがそれぞれ半分ずつ孤児院などに寄付しており、セオドリークの残り半分はそのまま貯金していた。そのため、エイレンティアの残り半分と薬を売ったお金で――本来ありえないほどの安価で提供しているので大した額ではないが――やりくりしているのだ。当初はセオドリークも生活費を出すと主張したが、弟子として迎えたのは自分なのだから駄目です、とエイレンティアが譲らなかった結果である。

「セオはすごいのです……」
「凄い? 私がですか?」

突然ぽつりと呟いたエイレンティアに、セオドリークは不思議そうに聞き返す。

「だって、すれ違った女の人がみんな顔を赤くしてます。セオがかっこいいからでしょう?」
「そうですか? それに、女性ばかりではないと思いますが……」
「そ、そうなのですっ。うう、わたしはどう思われているのでしょうか……。セオにくっつくお邪魔虫でしょうか? あ、でもわたし子供だから……あうう……どうしてわたしこんなに幼いんでしょう」

段々と話が逸れてはいたものの、外見はエイレンティアのコンプレックスの一つでもあった。それを知っているセオドリークは、決して彼女を笑ったり馬鹿にしたりはしない。

「私はどんなお師匠さまでもお慕いしていますよ。私の隣にいてほしい女性は貴方だけです」
「で、でもっわたしセオより年上ですのにっ」

セオドリークの熱烈な告白をあっさり流してしまったエイレンティアは、自分で口にした事実に更に沈んでしまい、瞳に涙を溜める。

強い魔力を宿す者は総じて寿命が長く、三百〜四百年ほど生きると言われている。セオドリークですら既に五十年以上は生きているのだから、当然、百年前の大戦に参加していたエイレンティアは更に生きているのだ。しかしセオドリークの外見年齢が二十歳ほどであるのに対し、エイレンティアは良くて十歳程度にしか見えない。この場合、疑問が残るのはエイレンティアの方だった。個人差はあるが、大体は二十歳前後で成長が急激に遅くなるからだ。

「うう……セオがわたしよりちっちゃかった時期はほんの数年だなんて……ひどいのです」
「それはきっと、早く大きくなりたいと毎日強く願っていたからでしょうね」
「? セオは長身に憧れてたです? どんなセオでも、セオはセオなのですよ」
「ほら」

優しい声音で言われ、エイレンティアは首を傾げる。見上げた先にあったセオドリークの顔は、どこまでも穏やかに微笑んでいた。

「お師匠さまもそうですよ」

諭すように、慰めるように、まるで愛を囁くかのように、彼は言った。その言葉はエイレンティアの心にじんわりと溶け、ほのかな暖かみをもたらす。

「セオはずるいのです……」
「ふふ、私からすればお師匠さまの方がずるいですよ」
「そ、そんなことはないのですっ!」
「では、どちらもずるくないという事でいきましょうか?」

そう問いかけるセオドリークはとても楽しそうで、普段よりずっと幼く見えた。結局いつも返す言葉をなくしてしまうのは、エイレンティアの方だ。

――――やっぱりセオはずるいのです。そうやってわたしを甘やかすから、貴方の手をいつまでも離せないのです。

◇◇◇

無事に薬を売り終わった二人は、涙を流す勢いでお礼を繰り返す人々に笑顔で別れを告げる。目立ってしまうからとローブは着ずにペンダントも隠し、「ティア」「セオ」という愛称しか名乗らない二人の素性を知る者はいない。緋色の魔女と守護の魔法使いという呼び名自体は幅広く知れ渡っているものの、噂だけが先走っているために実際の人物と結びつけるのは難しいためだ。孤児院の経営者達も、どこかの貴族が寄付してくれているくらいにしか思っていないだろう。名を振りかざす気などないエイレンティアはそれでいいと思っていたし、セオドリークは彼女の思いを汲むだけだ。

「大方の用事は終わりましたし、別行動にしましょう。一時間後、いつもの待ち合わせ場所でいいでしょうか?」
「はいっ」
「では、これを。使う事がないよう願っております」

セオドリークはポケットから銀色のシンプルな懐中時計を取り出し、エイレンティアに手渡す。同様にエイレンティアも花の文様が刻まれた懐中時計を取り出し、セオドリークに渡した。

「大事に大事にします! 絶対に落としたりしませんっ」
「ええ、私もです。ではお師匠さま、また後で」
「はい、またです!」

エイレンティアは大きく手を振り、セオドリークとは逆方向へと足を進める。相手に知られたくない買い物もあるだろうと、毎回こうして自由時間を取るようにしているのだ。

「……本当は、貴方と一時も離れていたくはないんですけどね」

小さくなっていく背中を見送りながら青年が零した言葉を、少女は知らない。

「さあ、お料理の本を買わなくては! セオにばかり作らせているわけにはいきませんっ」

セオドリークの複雑な心境など全く分かっていないエイレンティアは、「弟子離れ」するためにと模索する。まずは料理からです! と意気込み、本屋を目指した。

「でも昔はわたしが作ってたのに……もしかしてすごくまずかったんでしょうか……」

当時はぶっきらぼうだった少年は「美味しい」と素直に褒めてはくれなかったが、代わりに残さず食べてくれた。それに安心していたのがいけなかったのだろうか、いつからか食事の支度は全て彼がするようになり、気付けばエイレンティアが台所に立つのはお菓子を作る時のみになっていたのだ。人並みには料理が出来るつもりでいたのだが、自分の勘違いだったのかもしれない。

「うう、セオは優しいからわたしに言えなかったのかも」

わたしって本当だめだめなお師匠さまです、とエイレンティアは深い溜息をついた。そんな時、どこからか子供の泣き声が聞こえる。

「……どこ、です……こっち?」

耳を研ぎ澄ませ、声がする方を探る。歩調を早めながら、子供の下へと向かっていった。どんどん人通りの多い道からは外れていったが、気にしている余裕はなかった。

エイレンティアは戦場以外では誰も見捨てない。彼女自身もまた、捨てられた子だったからだ。
アンブローズ――それはとうに滅びた貴族の家名。次女として生を受けたエイレンティアは、生まれつき膨大な魔力を所持していた。しかしその地方では魔女は忌み嫌われており、少女は実の両親にすら愛情をもらえなかった。父親にも母親にも全く似ていない容姿だったのも手伝って、不吉の子と拒絶されたのである。

だから、泣いている子を放っておけない。誰にも振り返ってもらえない寂しさを知っているから。

「みつけた、です」

エイレンティアが声をかけると、涙を溜めた少年は驚いたように目を見開く。そばかすの残る幼めの顔立ちから見て、大体七、八歳ほどだろうか、こげ茶の髪と瞳に、黒のキャスケット。こけてしまったのか、サスペンダー付きのズボンは膝のところが汚れている。

「お、おねえちゃんだれ……?」
「ああっ怪しい者ではないのです! えーとえーと、わたしは悩める者の味方なのです! どうして泣いているのか、おねえちゃんに話してみるといいですよ」
「ぼくの、味方……? ほんと……?」
「はい、もちろんです!」

不信感を隠そうともしない少年だったが、年頃もさほど変わらないエイレンティアに安心したのかすぐに警戒心を解き、泣きながら訴え始める。

「お、おねえちゃんがっ。ジェシーおねえちゃんがいきなりいなくなって……! どれだけ探しても見つからないんだ……!!」
「いなくなった、ですか? どういう状況だったのか、詳しく説明できます?」

てっきり少年が迷子になったのだとばかり思っていたため、その口振りにエイレンティアは不可解そうに尋ねる。

「お母さんにたのまれて、おねえちゃんと買い物してたんだ。それで、遠くにクレープ屋さんがみえたから、一緒に食べようよって振り返ったらすぐ近くにいたはずのおねえちゃんがいなくなってて……!」

(はぐれた側の子供が親や兄妹のせいにする、というのはよくあるケースだって聞きますけど、そういうわけでもなさそうなのです)

これは予想以上に大ごとかもしれない、とエイレンティアの脳裏を掠めたが、極力表情には出さないように努めた。むやみに少年の不安を煽るのは得策ではないと思ったからだ。

「だいじょうぶ。お姉さんはわたしが必ず見つけ出します」

慈愛に満ちた笑みを浮かべて力強く言い切ると、両手をそっと少年の肩に置く。自分と同じ子供に何が出来るのかと疑っているのか、目をぱちくりさせた少年を気にする事なく、質問を続けた。

「さて、まずはきちんと知ることからですね。あなたのお名前はなんというのですか? わたしはティアといいますよ」
「あ……えっと、アレン……。アレン・ブレイン」
「アレンくんですね、おっけーです! おねえさんはジェシーさんですか?」
「ううん、ほんとうはジェシカっていうんだよ。ジェシカ・ブレイン」
「ジェシカさんですね、りょうかいですっ。アレンくん、ジェシカさんが日頃身に付けていたものとか持っていたりしませんか? あればとっても探しやすくなるのですけど……」
「え、えっと、ちょっとまってね。これでいい?」

少年はポケットからリボンを取り出し、エイレンティアに見せる。落ち着いた桃色の、先端にレースがついた可愛らしいデザインだ。聞けば、姉を探している最中で見つけたのを拾っておいたのだという。

「充分なのですよ。お借りしてもいいです?」
「うん、でもこれでどうやってジェシーお姉ちゃんを見つけるの……?」
「大丈夫、わたしは魔女ですから。――対象者、ジェシカ・ブレイン。探知、追跡せよ」

アレンからリボンを受け取ったエイレンティアが囁くと、リボンがふわりと宙に浮く。それから主の行き先を教えるようにしてゆらゆらと別方向に動き出した。

「わあ、すごい!」
「この先にお姉さんがいるはずなのです。わたしが追いかけますから、アレンくんはおうちに帰ってジェシカさんを待っていてくださいね」
「えっ、ぼくも一緒に行く!!」
「だめです。ね、お家に帰りなさい」

はっきりと断り、人差し指をアレンの額に当てる。淡い光が発すると同時に、少年のこげ茶の瞳がかすかに曇ったのは、エイレンティアにしか分からない。

「うん、ぼくは先に戻ってジェシーお姉ちゃんを待ってるね」
「そうです、アレンは良い子です」
「じゃあ、ぼくは行くね」
「ええ、いってらっしゃい」

手を振るアレンに笑い返し、彼の姿が見えなくなると人知れず溜息をついた。

「この類の魔法はあまり使いたくないのですけど……時と場合によります、よね」

ここにセオドリークがいればきっと賛同してくれるはず、とエイレンティアは一瞬そう考えて、振り払うようにぶんぶんと首を振る。いつまでも依存してはいられない、彼がいない事に慣れなくてはいけないのだと言い聞かせて。

「さあ、しっかりしなくてはっ」

リボンを追って、エイレンティアは走り出す。その行動こそが彼を傷つけるのだとは気付かずに。