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緋色の魔女
冷えた指先を暖めるのは誰ですか(2)

「今回は上玉ばかりだったな」
「ああ、高く売れるぞ」

二人組の男達は下卑た笑みを浮かべながら、質素な作りの馬車を引く。中からは物音一つせず、まともに整備されていない道には人の影もないため、男達の声と馬を走らせる音が響くだけだ。

「最近は警備が厳しいからな……やりにくくて困るぜ」
「何でも、見回りの兵が多くなったのは第二王子が原因らしいぞ。愛しの娘が安心して過ごせるような街にしたい――だとか抜かしたんだと」
「魔女に惚れてるとかいう酔狂な王子か。いい迷惑だな」
「そうですね、こちらとしても手を焼いているのが正直なところなのです」

突如加わった声に驚いた男達は手綱を慌てて引き、馬を止める。周囲を見渡せば、馬車の上に座り込んでにっこりと笑う女と目が合う。女は夕焼けを背にしているため、顔ははっきりとは見えないが、その中で赤い瞳がやけに目立っていた。

「この女……っいつの間に!?」

商売が商売であるため、男達は警備の抜け道を探して行動してきた。当然、付けられる事がないよう細心の注意も払っていたのだ。なのに女の存在に全く気付かなかったのは、由々しき事態だった。

「いや待て、あの魔方陣のペンダント……っコイツ魔女だ!」
「だいせいかい、ですっ! なので、抵抗は無意味なのですよ? わたし加減がいつまで経っても下手ですから、丸焦げにしちゃうかもしれないのです……」

少女は自信がなさげにしながらも、恐ろしい言葉をあっさりと紡ぎ出す。予想もしていない「魔女」の登場と、その発言に怯んだ男達だったが、魔女があまりに幼い上に愛らしい容姿をしていたためすぐに警戒を解いた。――――愚かにも、エイレンティアを甘く見てしまったのだ。

「……彼女達を無傷で解放してくださるなら、わたしも善処しますよ? わたしだって、むやみやたらに命を奪いたいわけではないのです」
「はっ、魔女と言っても所詮はガキだ。 引く理由がどこにある!」
「そう、ですか……」

エイレンティアは目を伏せた後、馬車から軽々と飛び降りる。真っ直ぐに立つエイレンティアはどこからどう見てもただの子供で、何の武器も持っていない上に隙だらけだ。他の女のように捕らえてしまえば、拝んだ事もない大金が手に入るだろう。これ以上美味しい話はそうそうない、と男達は歓喜に震えそうだった。しかしそれなのに、彼女に近づいてはいけないと本能が訴えかける。

「それなりの場数は踏んでるみたいですね。最後の警告です。彼女達を置いていってください」

静かな、凛とした声だった。いつまでも聞いていたいと思わせる声音に男達も思わず聞き惚れるが、すぐに正気を取り戻し、御者台から飛び降りると腰にぶらさげた短剣に手をかける。子供に馬鹿にされ、プライドを傷つけられて黙っているほど、男達は冷静ではない。どちらも、そういった生き方はしてきていない。

「いいか、顔は傷つけるなよ! 生け捕りにするんだ、本物の魔女なら高く売れる」
「へへ、恨むなよお譲ちゃん。恨むなら、俺達の前に現れちまった自分を恨みな!」
「聞き入れては、もらえないのですね。残念、です……」

哀しげにそう呟いたエイレンティアに、男達は笑みを深くする。男二人を前にして降参したのだと取ったのだ。それは思い違いでしかなかったのだと、すぐに悔いる羽目になるのだけれど。

ああ、本当に残念だ。エイレンティアは心の中で繰り返し、胸元のペンダントに触れる。中央に三日月が象られた魔方陣のペンダントは、国家魔法師の証だ。同時に、一生を国に捧げろという束縛の証でもある。エイレンティアが初めて手にしたのは、気が遠くなるほど昔の話だ。そのペンダントから淡い赤色の光が生まれ、光の粒が集まるようにしてロッドの形を成していく。

自身の身長よりも長い、三日月の中央に赤い水晶が浮いているロッドを右手に構えたエイレンティアの雰囲気は、先程までとは明らかに異なっていた。

「――――人の忠告は素直に聞いておけばよかったものを」

くすりと妖艶に微笑むエイレンティアには、気弱な印象などどこにもない。髪を結んでいたリボンも解かれ、黒い髪がさらさらと風に流されている。そこにいるのは、幾多もの命を殺めてきた「魔女」だった。

「漆黒の髪に赤い瞳……まさかこのガキ……っ!?」
「ああでも、もう遅い。私の前で剣を抜いた事、精々あの世で後悔するんだな」

◇◇◇

「……お師匠さま、遅いですね」

待ち合わせの噴水前で立ち尽くすのは、すっかり忘れ去られているセオドリーク。女に話しかけられるのが鬱陶しい、と姿隠しの魔法を使っているせいでその姿は一般人には確認出来ないが、彼は困ったように時計を何度も見ていた。

「何か嫌な予感もしますし……仕方ありません」

懐からハンカチに包まれた物をそっと取り出す。中から出てくるのは、花の文様が刻まれた懐中時計だ。それを左の手のひらに置き、右手にロッドを持つと、詠唱を始める。

「対象者、ティアフルール・エレン・アンブローズ。探知せよ」

今はもうセオドリークと国の上層部くらいしか把握していない少女の真名を口にすると、閉じられていた懐中時計の蓋が開く。本来0時以外では重なり合わないはずの長針と短針が、少女のいる方角を示すようにしてぴったりと重なり合った。

「町外れの方角ですね……早いところ愛しい人の傍へ行くとしましょうか」

同時詠唱していた魔法を発動させ、ついでに姿隠しの魔法を解く。だが人々が彼の姿を認識する間もなく、一瞬でその場から消えた。

そして目の前に広がる光景に、セオドリークは眉間に皺を寄せる。これだから、少女を一人にするのは嫌なのだ。

「お師匠様、お怪我はありませんか」

苦々しい気持ちを胸に抑え、セオドリークが優しげに声をかけると、少女の目線が彼に向く。普段の穏やかなものとは違い、この世の全てのものを敵と見なしているかのような強い眼差しを持って。

「お前の目には私が怪我をしているように映るのか? そうならさっさと医者にかかれ」
「ご無事なんですね、よかったです。待ち合わせ時間を過ぎても来られる気配がありませんから、心配したんですよ」
「ああ……その件に関してはすまなかったな。連絡をすべきだった」
「今後はそうしてくださいね。私の身が持ちません」

分かった、という返事を聞いて、セオドリークはようやく視線を別のところへやった。そこにあるのは、焼け焦げた二つの塊と異臭だけだ。元は人であったはずのそれは髪も顔も服も全て焼き尽され、原型を留めてすらいない。かろうじて分かるのは、二人の性別が男であった事だけである。そこまで酷い状況にも関わらず、セオドリークの青い瞳には同情すら浮かんでいない。まるで道端の石ころを見るかのようにどこまでも冷め切っていた。

「空間を切り離しましょうか?」
「頼む。女性には辛いだろう」
「了解致しました」

男達がいた場所にロッドをかざすセオドリークの横で、エイレンティアは馬車に向かってロッドを振る。一カ所に集められた風が馬車の扉をあけると、エイレンティアは無表情で近づいていった。

「目を覚ましなさい、お嬢さん方。怖いものはもう何もない」

エイレンティアの言葉を合図にして、気を失っていた女性達はゆるゆると目を開ける。四人の服装はそれぞれ町娘といった風で、袖口が破けている者がいれば、髪が乱れている者もいた。抵抗したのだな、とエイレンティアはその時の光景を想像して眉を顰める。――丸こげ程度じゃ甘かったか。

「あなた、は……?」

今にも消え入りそうな、か細い声だった。安心させるようにして、エイレンティアは口元を和らげる。

「私はエイレンティア・ルーン・アンブローズ。この名と女神イシュルーチェに誓って、貴方達に危害を加えたりはしない。大丈夫、貴方達は家に帰れるよ」

可能な限り柔らかな響きになるように努め、身分証明にペンダントをちらつかせる。すると娘達も意味を察したようで、強張っていた顔が一気に緩んだ。中には涙を零す者もおり、エイレンティアはしばらくの間、彼女達が落ち着くのを待った。途中で隣にセオドリークが並んだのを感じながら。

「本当にありがとうございました。このご恩は絶対に忘れません!」
「いや、明日には忘れてくれてかまわない。ああ……貴方ひょっとして、ジェシカ・ブレイン嬢か?」
「え? あ、はい。そうです、けど……」
「弟によく似ているからすぐに分かった。彼から預かっていたものを返すよ」

どうして自分を知っているのかと目を丸くする少女に、桃色のリボンを手渡す。弟と同じこげ茶の髪と瞳の彼女は、十六歳ぐらいだろうか。目を見張る程の美女というわけではないが、素朴な美しさを持つ少女だ。だからこそ今回こんな目に合ってしまったのだろうけれど。

「あ、あの、あの子は……っアレンは無事なんでしょうか!?」
「ああ、傷一つないよ。家で貴方の帰りを待っているはずだ」
「そうですか……よかった」

リボンを握り締めて心底ほっとしたように息を吐き出す姿からは、彼女が弟を大切に想っているのが切々と伝わってくる。心のどこかで羨ましくなる気持ちを抱きながら、エイレンティアは懐から一枚の紙を取り出し、ふっと息を吹きかけた。すると金色の光が紙の上で走り出し、文字を描いていく。最後にエイレンティアの名を刻んだのを見届けて、真っ白な封筒にしまった。

「ジェシカ嬢、これを門番兵に渡すといい。上手く取り計らってくれるだろう」
「あ、はい……?」
「貴方も、他のお嬢さんも、もう捕まってはいけないよ。さて、セオドリーク。彼女達を城に送ってやってくれ。お前なら出来るだろう?」
「勿論です」

一つ頷いて、セオドリークは詠唱を開始する。四人も、その上距離のある場所へ飛ばすためにいつもより長い。と言っても彼基準で考えれば、であって、他の魔法使いとは比べ物にもならないほど短いのだが。

白銀の魔方陣が四人の足元に浮かび上がり、瞬く間に広がっていく。月の下で幻想的な輝きを放つ希少な虫、ルハトが何匹もいるように見えて、四人は見惚れてしまう。思わず手を伸ばしかけた時、気付けばそこは城の門前だった。

「……ふむ、流石といったところか。ああしかし、少々失敗したな」
「失敗、ですか」

その場に残されたのは、エイレンティアとセオドリーク。少女達がいなくなり、取り繕う必要もなくなったエイレンティアに表情はなく、声にも温かみが感じられない。しかしセオドリークは気にする素振りも見せず、食いついたのは彼女の発言に対してのみだった。

「勘違いするな、別にお前の腕を貶したわけじゃない。完璧すぎていっそつまらないほどだ」
「では、何故でしょう」
「襲われた後にお前のような男に助けられたら、女性はころりといってしまうだろう? その機会を潰してしまったと思っただけだ。手紙ではなく、お前に直接送らせるべきだったな」
「……意図を、お聞きしても?」

そう問いかけるセオドリークの顔は険しく、周囲の温度が二度は下がっている。並の人間ならば恐怖でまともに立つ事さえも厳しいだろう。だがエイレンティアは全く揺らがない。

「お前はいい加減、外に目を向けるべきだ。さっきも言ったが、お前の腕は完璧なんだ。攻撃くらいしか脳のない私とは違って、な」
「その台詞、世の魔女達が怒り狂いますよ」
「かまわん。私の力など、人を傷つけるものでしかない」

きっぱりと言い切ったエイレンティアに、益々セオドリークの機嫌が悪くなる。

「心から尊敬する私の師を卑下されるのは、貴方自身でも許せるものではないですね」
「そうか、それは大変だな」
「貴方の力は、傷つけるばかりじゃない。貴方がいなければ私の命など既にないと分かっていながら、そんな風におっしゃるのですか」

ぴくりと、エイレンティアの片眉が上がる。セオドリークは真っ直ぐにエイレンティアを見据えていたが、どこか寂しげだった。彼の人生を否定したも同然なのだから、それも当然だろうが。

「……失言だったのは認めよう。考えを改める気はないが」
「お師匠様は頑固ですね。まあ、そういったところも魅力的なんですが」
「セオドリーク、お前のそれは雛鳥の刷り込みにしか過ぎないと何度言わせる?」
「それでもかまいませんよ。きっかけが何であれ、そのおかげで貴方のお傍にいられるのですから」

ああいえばこう言う奴だな……とエイレンティアは一つ溜息をつく。一体いつからこんな性格になってしまったのか。或いは、元からこうだったのか。

「お前はどこまでも面倒くさい奴だな、セオドリーク。あいつら相手に演技をするのも疲れたというのに、少しは師を労わろうと思わないのか」
「お師匠様が演技、ですか?」
「あの子のように清純な振りをすれば引くかと思ったんだが……やはり下種はどこまでも下種だったようだ」

不愉快そうに吐き捨てたエイレンティアを見て、セオドリークは一人納得した。いつも以上に棘が混じっていたのは、慣れない事をしたせいだったのだろう。逆効果なのでは、と思うと同時に、彼女にそんな事をさせた二人組に殺意さえ覚える。――私が先に出会っていたら、さっさと殺していたのに。

「お前、何か不吉な事を考えているだろう」
「いいえ、まさか。私の頭の中には常に貴方しかいませんよ」
「はっ、それはそれは随分と都合のいい頭だな。もういい、疲れた。さっさと帰るぞ」
「俺は本気だからな、ティア」
「勝手にしろ。青二才が」
「ええ、勝手にします。絶対に諦めませんから」

セオドリークは満足そうな笑みを浮かべて、さり気なく準備を整えていた転移魔法を発動させる。そして辿り着いたのは、もう見慣れた二人の家だ。

森の奥にひっそりと建てられ、木々に囲まれた古びた一軒家。畑では食用のものばかりが育てられており、プランターには薬用のハーブなどが並ぶ。実用性第一なのが見て取れたが、一角では赤薔薇も咲き誇っていた。師のためにと、弟子が丹精込めて世話をしている大輪の花である。

「お帰りなさい、お師匠様。お疲れ様でした」
「ああ、ただいま。お前もお帰り」

二人にとって、始まりの場所。