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緋色の魔女
物言わぬ白い鳥は何を見る

攻撃魔法において右に出る者はいない緋色の魔女と、防御魔法において右に出る者はいない守護の魔法使い。対極でありながらも師弟関係にある二人は、魔法大国セレディナ国の筆頭魔法師と呼べる存在である。人々は二人を崇め、慕い、未知なるものとして恐れた。だが知名度に反し、露出を嫌う二人は滅多に表舞台には出てこない。地位も名誉もいらないから静かな生活をさせてほしいというのが魔女の唯一の願いだったからだ。それは弟子の願いでもあった。

国は二人を手放せない。手放すわけにはいかない。だから二人の願いを聞き入れるしかなかった。――味方につければもっとも頼もしいという事は、敵に回せばもっとも恐ろしいと同義なのだから。

「セオ、今日はとってもいいお天気ですよ! お洗濯日和ですっ」
「本当ですね。昼食は外で取りましょうか」
「はいっ。楽しみです!」

にこっと満面の笑みを見せるエイレンティアを、食事を作りながらああ今日も可愛いとうっとりと見つめる。一日中、一年中眺め続けていたところで飽きない自信がセオドリークにはあった。ただしその場合は、手を出さないでいられる自信はなかったけれど。

「セオ、何かお手伝いできることはないです?」
「では、お皿を出して頂けますか?」
「はい!」

元気よく返事をして、とてとてと食器棚に近付く。二人分の食器が詰まったそれはもう何十年も使われているものだが、丁寧に扱っているのとセオドリークが定期的に修復魔法をかけているため見た目からは古さを感じられない。同様に、家にある家具のほとんどは年代ものだ。エイレンティアが贅沢を好まなかったせいでもあるし、一人でいた間は買っても持ち帰る事が出来なかったせいでもある。

平穏が壊されたのは、ガラス戸を開けようとしたその瞬間だった。

ピイィィィ……

どこからともなく聞こえる笛の音に反応し、純白の鳥は鳥かごから飛び立っていく。己の役目を果たすために。

「いってらっしゃい、チルル」

チルル。女の子っぽい名前をと、エイレンティアがつけた名だ。

「飛び立った方角からして、王城の方ですね」
「な、なにかあったのかもっ。わたしにでしょうか、セオにでしょうかっ」
「そうですね、どちら宛でしょうか。……どうでもいい内容な気もしますが」

彼女には聞こえないように、セオドリークはぽつりと呟く。その予感は外れてはいないだろう確信もあった。

森に引き篭もっている国家魔法師達への連絡手段として用いられるのは、エイレンティアの使い魔であるチルルを利用しての手紙のやり取りである。使いの人間が森まで訪れ、強制連行されるケースもあるが。

「まだしばらくかかるでしょうし、のんびりしましょう。お師匠さま」
「はいっ。ってああ! お皿もう出てるのです……っ」

◇◇◇

チルルは口に封筒をくわえて、森に張られている結界を抜ける。張った張本人であるセオドリークはすぐに感じ取り、その後少し遅れてチルルの主であるエイレンティアも帰還に気付いた。

「おかえりなさい、チルルっ。おつかれさま」

声をかければ、ちょこんとエイレンティアの指先に乗る。封筒を受け取り、頭にそっと口付けを落とすと満足そうに小さく鳴いた。

「ええと差出人は……宰相さんです」

名前を確認してから、中身を開封する。チルルはエイレンティアの肩に移動し、大人しく主の行動を見守っていた。

「あ、これはセオ宛ですっ。年に一度の結界石のチェックをお願いしたいんだそうです」

腰をかがめて覗き込んでいる彼にも見えるよう、紙をやや持ち上げる。やっぱりどうでもよかったですね、というセオドリークの心の声は、彼女には届かない。

「そういえば、そんな時期でしたね」
「わたしもすっかり忘れてしまっていたのです。だめですね、大事なお仕事なのに」

しょんぼりと肩を落とすエイレンティアは否応なしにセオドリークの庇護欲を掻き立てる。「では来年はカレンダーにでも書いておきましょうか」とさり気なく頭を撫でれば、「はい!」と頷く彼女は、実に素直だ。彼の邪な気持ちだとか、来年もずっと傍にいるのだとそう刷り込んでいる事だとか、今は何も知らずに。

「期限は……一週間以内ですか」
「でも、できる限り早くすませた方がいいと思うのです。何かあったら大変ですしっ」
「はい、お師匠さま」

快く同意するセオドリークだが、しかし内心ではエイレンティアの事しか頭にない。彼の行動理由はいつどんな時だって、単純かつ明快だ。

◇◇◇

「じゃあセオ、彼女によろしくです」
「はい、心得ております」
「うん。じゃあ……がんばってくださいです」

エイレンティアは一瞬だけ寂しげな顔をして、静かに瞳を閉じる。左手にはロッドが出現し、結ばれていた髪が解かれ、ふわふわと背中で流れた。

「いい加減に独り立ちしたらどうだ、馬鹿弟子」

右手に持っていた黒い帽子を被れば、そこにいるのは威厳に溢れた「緋色の魔女」だ。帽子に青いリボンとフリルがついているのは、基本人格の好みである。

「それは難しいですね。貴方の傍にいる事が私の至福ですから」
「お前がそうやってくっつくから、結果的に私も呼び出される。二人セットで考えられるのは面倒極まりない」

腕を組みながら、心底嫌そうに吐き捨てる。慣れているセオドリークは笑みを崩さなかったが、肩に乗っていたチルルはばさばさと羽ばたき、鳥かごに戻っていった。

「……どうにもアレは、私には懐かんな」

閉じこもったチルルからは、エイレンティアへの警戒心が滲み出ている。チルルは日頃の世話をしている基本人格とセオドリークには懐いていたが、時々しか出て来ず態度も乱暴な交代人格は怖がっていた。 基本人格と交代人格、当然ながら容姿こそ同じだが性格や話し方、仕草が異なるために持つ雰囲気は違い、動物はそのずれを敏感に感じ取ってしまうのである。

「お師匠様も餌をあげてみてはどうですか?」
「近付けもしないのにか? まあいい、どうせ私は好かれない」
「おや、私はお慕いしておりますよ」
「はっ、アレ以上に尖っていたガキが何を一丁前に」
「……そろそろ過去の出来事にしてくださっていいんですけどねえ」

困ったように零しながら、ロッドをとん、と床につける。白銀の魔方陣が足元に広がり、そして消えた。

「ご気分はいかがですか、お師匠様」
「平気だ」

自然と添えられていた手を振り払い、呆然と立ち尽くす門番兵と向き合う。王城へと続く門を守る者達としては些か問題のある振る舞いだが、目の前に突然人が現れたのは動揺するのも無理はなかった。エイレンティアもセオドリークも、いちいち気遣ってやるような神経は持ち合わせてはいなかったけれど。

「エイレンティア・ルーン・アンブローズだ。弟子に同行した」
「セオドリーク・ルーン・オルブライトです。任を受け、登城致しました」

どちらも正式な階級は名乗らなかったが、名だけで充分に通用する認知度がある。固まっていた門番兵は二人を認識すると、さあっと顔を青くした。

「ひ、緋色の魔女に守護の魔法使い……!? い、いえ、失礼しました。任務お疲れ様です!」

声を裏返らせながらも、自分達の対応がまずい事に気付いたのだろう。すぐに姿勢を正し、勢いよく敬礼をする。

「通っても?」
「はい、どうぞ!」

了承を取り、身分証明でもある魔方陣のペンダントを門にかざす。すると、強固な扉がゆっくりと開いていく。堂々と中へ入っていった二人を、門番兵は敬礼したまま見送った。

「い、いきなり現れるからびびったっす。転移魔法? でしたっけ」
「ああ。相も変わらずとんでもない存在感だったな……」
「なんかすっげーオーラ出てましたよね。でも俺、仕事以外では近づきたくないっすよ。あんな可愛い顔してるのに、なんか取って食われそうで」

違いない、と語り合いながら、門番兵はまた自身の仕事に戻った。

「言いたい奴には好きに言わせておけ、と教えたはずだが?」

しかめっ面で隣に並ぶ弟子に話しかける。

「お師匠様は理由もなく他者を傷つけたりはしません」
「そう主張したところで何になる。私が大勢の命を奪ったのは紛れもない事実だ」
「それが戦争でしょう」
「皆が皆、お前のように割り切れるわけではないという事だ。放っておけ、キリがない」

煌びやかな王城内を歩く二人を、すれ違う人々はじろじろと見つめる。物珍しさからくる興味、詮索 、嫌悪など視線の意味こそ違うが、好意的なものなどほとんどありはしない。ただでさえ城で働く人間にとっては外見の変わらない国家魔法師は得体の知れない存在であり、筆頭魔法師である二人にはそれが顕著だからだ。

また魔法師側も性格が歪んでいる者が多く――というよりもほぼ全員そうである――人を見下すような言動を取るせいで溝は年々深くなっている。そんな関係性を改善しようとする者も中にはいたが、簡単には解決出来なかった。……特に、緋色の魔女については。

「ですがやはり、貴方が悪く言われるのは耐えられたものではありません。こんなにも魅力溢れた方なのに」
「そう言うなら、きっちり仕事しろ。お前への評価が私にも響くんだぞ」
「承知しております。とはいえ、術式も石も後五十年は支障ないはずなんですけどね。その分苦労したんですから」
「お前の苦労は苦労とは言わん」

赤い絨毯を踏みつけ、王座へと続く階段を上っていく。クリーム色を基調とした内装は何代か前の王が改築したきりで、旧式のインテリアも多いが、逆にそれが暖かさと親近感を醸し出している。エイレンティアも、この城は決して嫌いではなかった。あくまで城のみだったけれど。

「セオドリーク・ルーン・オルブライトです。結界石の点検に参りました。陛下に謁見を希望していたのですが」

先程までの不機嫌そうな顔を消すと人好きのする笑みを浮かべ、門前にいる警備兵に書状を見せる。何度か目を通した兵は中にも確認をとった後、「どうぞ」と王座へと続く門を開いた。

遠くに見えた影の数に滅入りながらも、シャンデリアの光を浴びながら一歩一歩距離を縮めていく。王の前まで辿り着くと、揃って膝をついた。

「セレディナ王国軍魔法師団団長エイレンティア・ルーン・アンブローズ参りました」
「セレディナ王国軍魔法師団団長補佐セオドリーク・ルーン・オルブライト参りました」
「良い、顔を上げよ。ご苦労だった」

王の言葉を受け、顔を上げる。先にあった顔ぶれに「予想通りか……」と眉を顰めたくなったが、エイレンティアは無表情で、セオドリークは笑顔を貫き通す事で押し留めた。

細かな彫刻が施された王座に座るのは、ジークハルド・フェルデ・ユミト・セレディナ国王陛下。三十四歳という若さで即位した彼に当初は不安が寄せられたが、職務をきっちりこなす姿勢が受け入れられ、八年経った今では立派な国王だ。武術に秀でているのもあり威圧感は尋常ではないのだが、「だからこそこの人になら任せられる」と高評価を得ている。彼の両隣にいる人物こそが、二人を憂鬱にさせる超本人たちであった。

「お久しぶりです、エイレンティアさん! ああやはり、貴方はお美しい」

太陽のようにきらきらと輝く髪に、澄んだ青い瞳、優しげな眼差し。金色の糸で丁寧に刺繍された紺色の服に身を包み、熱くエイレンティアを見つめるのは、この国の第二王子であるリュシアン=ベアトリス・セレディナ。

「おひさしぶりですわ、セオドリークさま! あなたの素晴らしさは衰えることなどありませんのね!」

ラベンダー色の髪をくるくると巻き、頭には数多くの花の髪飾り。やや吊り上った髪よりも濃い紫の瞳は強気な印象を抱かせるが、着ている淡い色のドレスはリボンがふんだんに使われたもので、違和感を覚えてしまうのはこの国の第一王女であるフィーネリア=カロリーヌ・セレディナ。リュシアンは正妃との子、フィーネリアは側妃との子なため、腹違いの兄妹である。国名の前に入る名が、それぞれの母の名だ。

「ご無沙汰しております、リュシアン殿下、フィーネリア殿下。以前にも申し上げましたが、私どもに敬称をつけるのはおやめください」

表情は変えぬまま、エイレンティアは淡々と嗜める。言っても聞くような人たちではないのは承知の上だが、形だけでも必要だからだ。立場的には当然彼らの方が上なのだが、エイレンティアとセオドリークの方が長く生きているのもあって敬意を払われてしまっているのである。

「貴方を呼び捨てにするなどど……っそんな失礼な真似、出来ません。ああでも素敵な響きですね」
「そうですわっ、セオドリークさまを呼び捨てにするなどど! で、でも素敵ですわね」
「では、そのようにお呼び下さい。陛下、結界石が心配ですので案内して頂けると嬉しいのですが」

自分の世界に浸り、頬を染める彼らを軽くスルーして、セオドリークは国王に話を降る。

「うむ、そうだな。ディト、頼む」
「畏まりました」

脇に控えていた、国王と同年代の男性がすっと前に出る。彼こそが手紙の主、ディーテリヒ・イヴァン・カルヴァート宰相閣下だ。

「御前を失礼致します、ジークハルド陛下」

ディーテリヒは礼儀よく頭を下げ、青い石が見える王座の奥へと進んでいく。二人も彼と同じ行動を取ると、後を追った。

「……すまなかったね」

向かう途中、ディートリヒが小声で呟く。聞き返したのはセオドリークの方だった。

「それは何への謝罪でしょうか」
「私の力では、お二方を止められなかった」

彼が指す「お二方」はリュシアンとフィーネリアの事だろう。それぞれに好意を寄せられているエイレンティアとセオドリークが彼らを迷惑がりつつも、王族を無下には出来ない現状をよく分かっているのだ。

「ここへ訪れる時点で分かっていた事です。貴方が謝罪する必要はない」

エイレンティアの物言いはやや不躾だったが、彼は不快そうにするでもなく、ほっとしたように目元を緩めた。

「そう言ってもらえると救われる。さ、開くよ」

ディーテリヒは懐から小さな鍵を取り出し、一見何もない場所に差し込む。カチッと音がしたのを聞き、鍵を抜くと今度は自身の首にかけた。この鍵には特殊な魔法がかけられており、持ち主は今から入る部屋の影響を受けないようになっているからだ。

三人が足を踏み入れた空間には、中央に巨大な石が置かれている。青くぼんやりと光る菱形のそれはエイレンティアの身長ほどの大きさで、石の周りには円方になっている金色の文字がいくつも浮いていた。セオドリークは手を伸ばして文字の一つに触れ、静かに読み上げていく。

この世界には魔物がいる。生態は不明で、人の負の結晶とも魔力が人ではなく動物に与えられた場合にそうなるとも言われるが、唯一確かなのは容赦なく人に襲いかかってくるという事だった。多大な被害を出し、討伐隊も編成されていたがそれも過去の話。防御魔法に長けた国家魔法師が総出になったところで張れないほど広範囲の結界を、たった一人の魔法使いが張ったのである。そのおかげで魔物の侵入はなくなり、人々は恐怖から開放された。貢献が評価され、魔法使いには「守護の魔法使い」という呼び名が与えられたのだった。

「――――ファン・ド・デール」

セオドリークのその言葉を合図にして、城と城下町に巨大な魔方陣が浮かび上がる。普段は隠れているため正確な位置を知っている者は限られているが、各地に置かれた小型の結界石が反応しているためだ。

「正常に機能しているようだな」
「はい、お師匠様」

作り物ではない自然な微笑みを浮かべて、手を離す。すると魔方陣が瞬く間に消えていく。完全に消えたのを見届けてから、背後に控えていたディーテリヒに声をかけた。

「ご覧になった通りです。後ほど報告書をお送りしますね」
「了解した。ご苦労だったね」
「いえいえ、これが私の務めですから」
「皆が君たちのように仕事してくれるなら私の負担も減るんだがね……いや、今のは忘れておくれ。さて戻ろうか」

聞こえなかったフリをして、二人は部屋から出る。愚痴の相手は他の国家魔法師だろうと予想はついたけれども。

百年前にエイレンティアが森に引き篭もった際、いくつかの誓約を交わした。そのうちの一つが、与えられた仕事はきちんとこなす事だった。だからセオドリークもそれに習っているだけ。国との均等を保っているだけ。にも関わらず比較するという事はよほど他が酷いのだろうな、とエイレンティアはそっと同情した。交代人格の彼女は基本的に何にも興味を示さないが、かつて自分の味方になってくれた宰相の血縁者だけは少しだけ例外だった。――――ほんの少し、だけ。

「お疲れさまですわっセオドリークさま! いかがでした?」
「おかえりなさい、エイレンティアさん! と、お弟子さんも」

何故彼らはこうなのだろうな、と文句の一つも言いたくなるが、まさか本当にするわけにもいかないのでなんとか堪える。セオドリークも内心では散々に貶しているだろうに、そういった素振りは全くない。外面だけは良い奴め、と心の中で悪態ついた。尊敬しているだのなんだの言う割には、彼は師であるエイレンティアには似なかったのだ。

「お心遣い有難うございます。結界石にも術式にも欠損は見られませんでした」

とはいえ、セオドリークが心にもない言葉を吐くのはエイレンティアの評判を落とさないために過ぎない。でなければ、彼女以外の人間は視界にさえ入れていなかっただろう。

「まあっさすがセオドリークさまですわ! わたくし達が安心して暮らせるのも全て貴方のおかげですわね」
「有難うございます。師が素晴らしい方でしたので。ね、お師匠様」
「やはりエイレンティアさんはとても優れた方ですね! 貴方がいてくださるからこの国は安全なのです。人身売買の件も、貴方がいなければどうなっていたか……我々も気を引き締めます」
「いえ……目の前の人間を助けただけです」

どことなく投げやりな返しだったがセオドリークとリュシアンは笑みを深くし、フィーネリアは気に食わなそうに見つめる。

「セオドリークさまっ。この後お時間ありませんか? お茶でもご一緒に……っ」
「申し訳ありません、お待たせしている方がおりますので」

嫌味なくにこやかに断るセオドリークだが、有無を言わせない空気を醸し出していた。

「そ、そうですの……残念ですわ」
「ネリー、お二人は仕事で来られたんだ。無理を言っちゃいけないよ」
「わかりましたわ……シアンお兄さま」
「うん、いい子だね。そうだ、もうすぐ私の成人の儀なんです。その時は是非お越しくださいね」
「はい。それでは私どもはこれで失礼致します」

エイレンティアは最後まで無表情を崩す事なく、その場を後にする。セオドリークも彼女に続き、二人はようやく抜け出せたのだった。

「ふう……」
「大丈夫ですか? お師匠様」

もう見慣れた家を前にし、エイレンティアはひどく疲れたように息を吐き出す。

「ああ、問題はない」
「今日はお疲れ様でした。……極論を言えば、魔方陣内であればどこに置こうが構わないんですけどね、あの石。物理的に壊せるのはお師匠様くらいのものですし、干渉出来る者がいるとも思えませんし」
「本当に身も蓋もないな。仕方あるまい、国は自分達が管理しているのだという大義名分が欲しいだけだ」

でなければわざわざ王座の奥には運ばないだろう、と添えたエイレンティアに今度はセオドリークが溜息をつく。くだらないとしか思えなくても、国にとっては重要な事なのだろう。

「ハーブティーでも淹れましょうか、お師匠様」
「いや……いい。あの子の時間を奪う気はない。もう変わる」

そう言って、ロッドを消そうとするエイレンティア。直前、セオドリークはにこりと笑いかけた。

「次回はチルルに餌をあげましょうね。大丈夫、慣れですよ」
「……ふん、覚えていたらな」

それだけ言い残し、彼女は基本人格と交代する。そうして現れた基本人格は、何故外にいるのか状況が飲み込めないといった様子できょとんとしていた。交代人格でいる間の記憶が抜けてしまうためである。自身の中にもう一人いるのが分かってからは幾分か楽にはなったが、そうでなかった頃は不安で眠れなかったほどだ。

しばらく考えてようやく把握出来たのか、「あっ」と声を漏らした。

「もしかして終わったのです?」
「はい、お師匠さま」
「おつかれさまです、セオ!」
「有難うございます。喉が渇かれていませんか? ミルクティーを淹れますよ」
「わあ、楽しみです!」

彼女の手を取って、家の中へと入っていく。

何かが変わり始める予兆に、この時の三人はまだ気付かないでいた。