BACK - TOP - NEXT
虹の小道-10

「マリィ……あの、な」

咄嗟に引き止めてみたまではよかったが、なんと声をかけるべきなのかローは見当もつかないでいた。一体彼女は、どこから聞いていたのだろう。どこからであったとしても、きっと全部が彼女にとっては耳を塞ぎたくなる内容だったのだけど。
そんな風にローが言葉に詰まっていたら、マリィの方が先に口を開いた。表情は、ない。

「ローは団長に信用されてるね」
「違う、あれは……」
「おかしいとは、思ってたんだ。でもいつかは認めてくれるって信じてた。その日のために毎日毎日頑張った。私の居場所だと、思ってたんだけどな」
「マリィ、さっきのは」

――――自分が何を、言える?
あの人がずっと黙っていた話を、自分が伝える権利などあるのだろうか。二人の絆に自分が立ち入るなんて、許されるのだろうか。全て話して、全て知って、それで誰もが幸せになれるのだろうか?

「実はな、マリィの両親から何度か手紙が来てるんだ」
「マリィは実の親の事は今何しているか分からないって……」
「ああ。言い分も何もかもが身勝手な人間達だ。俺は、マリィと会わせる気はない。最も、アイツも今更会う気はねェようだが」
「それならどうして」
「いつここに訪れるかも分からない状況なんだ。子供を守るのは大人の役目だろう?」

舞台裏を知るにはまだ早い。あの人は、そう続けた。
それは大人が子供にする子供扱いというよりは、親が子供にするもののように思えた。

もう一つの夢を叶えて欲しい。両親と会わせたくない。だから、連れていってやってほしい。それが彼の願いの理由。間違いなく気遣いから来るものであると、ローにも分かる。 けれど、マリィは本当にそれを望んでいるのだろうか? 彼女にとってサーカス団は自身の全てで、それが幸せで、それを大人が上から押さえつけるのもどうかとも思うのだ。結果的に正しい選択であったとしても、本人には曇りもなく正しいものだろうかと。

「なあ、マリィ。もう一度同じ台詞を言っていいか」
「ん?」
「俺と一緒に、来ないか」
「あはは、本当に二度目だね」
「お前は俺が寂しくないように、虹の先に宝物を埋めておくと言ったな。あれはその場の出任せだったのか? 怒ったりしないから、素直に答えてほしいんだ」

それはつまり、彼女が虹の先に行かなければ意味がない。同じ場所にいるだけでは、叶うはずもない話だ。
マリィも彼の真意を理解したのか、表情に戸惑いが混じったのをローは見逃さなかった。

マリィにとっての全てはサーカス団なのだろうと、ローは思う。けれど団長は、マリィは世界を見ることを望んでいると言う。どちらが本当なのか。それともどちらも本当なのか。

「あれは、ホントの気持ちだよ。あの時本当にそう思ったんだ。ローと一緒に旅をしている光景が自然に頭に浮かんだの。でも、それがうちには怖かった。迷ってしまった自分が、怖かった」
「マリィ……」
「本当は、一度目に尋ねられた時嬉しかったんだ。なのに酷い言い方して、ごめん」
「いや、それはいい。俺の方こそすまなかった」
「ローと一緒なら、綺麗なもの沢山見られると思った。楽しそうだと思った。でもやっぱりうちは……」

大切なものがある。失いたくないものがある。だから迷ってしまうのが、怖かった。口に出してしまうのは、もっと恐ろしかった。そうやって形にしたくはなかった。涙が零れ落ちてしまわないように、ずっとずっと必死に繋ぎ止めてきたのだから。

少女が無意識のうちに握り締めた右手は、僅かに震えていた。

「うちは、ここにいたいんだよ。もっとがんばりたいんだよ。皆にとっては迷惑だったのかも、しれないけど」
「それは違」
「こーの馬鹿娘が。妙な誤解ばかりしやがって」
「だ、だってうち……!」

ふいに混じった、もう一人の声。聞きなれた、低い声。マリィが泣きそうになりながら振り返ると、二人の視線が絡む。彼はいつも通りの堂々とした態度でそこに立っていた。

「行きたいんだろ? それなら行って来い。そしていつか戻って来い。自分の気持ちに素直に従えばいいさ」

それは突き放すものではなく、優しさを含んだ音色。それでいて何もかもを包み込む、力強い言葉だった。

「うち、戻ってきて、いいの?」
「当たり前だろうが。お前はどこにいってもマリエッタ・ロトレフ。俺の可愛い娘で、大事な団員だよ」
「だんちょぉ……」
「泣け泣け。泣けるときに泣いちまえ。ついでに芸を外に広めて一人前になって来い、半人前マリィ」
「もしかして、ずっと半人前だったのって……」
「誰かが素直になりやがらねえからな。俺は、ここに縛り付けたくはなかった」

――――なんだ、自分は自分が思っている以上に愛されているんじゃないか。
マリィの心の中で、安堵が生まれる。自然と力が抜けていくのが分かった。それなのに勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで、自分は一体何をやっているのだろう。彼は自分よりも遥かに先を見ていたというのに。
けれどそれさえも、全部許してもらえた気がした。それがこの人の器なのだ。だから団員達も彼についてきた。そして、自分も。

出会ったのが貴方でよかったと、誇らせてください。

「世界は広い。目にした事がない物も多いだろう。本当はずっと自分の目で、足で、確かめてみたかったんだろう?」
「うん……!」
「まあ、寂しいー! ってすぐに帰ってくるかもしれねえけどな。怖い夢を見た日は決まって俺のベッドに潜り込んでたマリィだしな!」
「う……っ。む、昔のことだよ!」
「ほーう? つい最近もなかったか」
「そんな事言って、本当は寂しいのは団長の方でしょう?」

一部始終を見届けていたローは、頃合を見て口を挟む。けらけらと笑っていた団長だったが図星をつかれたのか、顔を覗き込むマリィから目を逸らしながら左手で頭をがしがしと掻く。

「あーまあ、その、だな」
「もしかしてだんちょー、照れてたりする?」
「マリィ、そこは聞くな」
「えー、何でローが庇うの。わかった、うちが知らない間に男同士で通じ合っちゃってるんだね」
「変な言い方しないでくれ……!」
「とにかく! 先に言っておくが結婚は認めんぞ」
「は? いや、俺とマリィは何も」
「襲うなよ」
「襲いません!」

いくらなんでも、話が飛躍しすぎである。そして、気付いた。この会話の流れが、既に決定済みのものであることに。

マリィとローはそれぞれ顔を見合わせて、笑った。そしてそんな二人を見て団長も笑った。 黒は、他の色に染まった。

「よっし、準備ばっちり!」
「どうしてあなたがついてくるのかしら!」
「ミラさんともっと話してみたかったしね。よろしくねー!」
「え、ええ。ってそういう事じゃないわ!」

(……そういえば二人の相性のことを忘れていた)
マリィと旅をする、とは言っても途中まではミラも一緒なのだ。ローは言い合っている二人を眺めながら、これから先の事を考えると頭が痛くなった。もしかしなくても、これが常に繰り返されるのだろうか。

途中でミラの視線が自分に向き、つい条件反射でたじろぐ。

「ヴァル、わたしは一度家に戻りますがあなたのことは諦めませんからね!」
「あ、ああ……」
「二人ともがんばってねー」
「あなたにも負けないわよ、マリエッタ!」
「ええ? うちも?」
「当たり前よ!」

なにやら、また勘違いされているような気がする。しかしあまりにもはっきり言われたために突っ込む事も出来なかった。
マリィは笑って、目の前に広がる景色を確かめる。これから知っていく世界。

「虹はどこまで続いているかな」
「虹? 虹なんて出ていないわよ」
「ふふ、そうだね。あーっ、チーズ持ってくるの忘れた!」
「そんなもの、途中で買え」
「わかってないなー、最初から持ってるってことにロマンがあるんだよ」
「だから間違いなく腐るぞ」
「なによ、何の話なの」
「ミラさんにも今度話すよ。旅はこれから始まるんだからさ」

そしてマリィは振り返ると、満面の笑みを作った。

「いってきます!」

title
(道はどこまでも続く)
BACK - TOP - NEXT