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虹の小道-05

「えーと、二人は知り合いって事でおっけー?」
「ええ、そうよ!」
「……ああ」

自信満々に頷く正体不明の女性と、諦めたように力なく頷くロー。随分と異なる反応である。マリィはゆっくりと、女性の姿を見た。
手入れの行き届いた見事な金髪は綺麗にセットされていて、着ている服から考えても彼女が高貴な育ちな事が伺える。年齢は10代後半か20代前半だろうか――――ローの婚約者だと名乗る女性は金髪碧眼の美女だった。

「ミラ……どうしてお前がここに……」
「あなたが一人で勝手に旅になんて出たからに決まってるじゃない!」
「え、ローってば婚約者おいてきたの? ひどい男だねー」
「そうなのよ! わたしを置いてある日突然いなくなったの!」
「男として責任は取らなきゃだめだよー」
「そうよ! 責任取って頂戴!」
「……マリィ、楽しむのはやめてくれ。話がこじれる」

わざと会話を合わせて楽しむマリィに、本気で乗る女性。そして切実そうに突っ込むロー。常識人というのはいつの世も苦労するものなのです。

「ところで、おねーさんの名前は?」
「え? あ、わたしったら名乗りもせずに……ごめんなさい」

明らかに女性に押されてたじろぐローが流石に気の毒になったのか、マリィは自然に会話を逸らす。助かった! というローの安堵の溜息が聞こえた気がした。

「わたしはリュドミラ・サンティ・フローレンスよ。フローレンス家は由緒正しい家系で、ロメリア家とは親交が深いの」
「うちはマリエッタ。ロトレフっていうサーカス団の一員でーす。しかしおねーさんも名前長いなあ……ロメリアってローの本名だっけ」
「ファミリーネームだがな。前にも名乗ったが、パーシヴァル・ルイス・ロメリアだ」
「あ、それでヴァルなんだ。納得」
「ああ」
「あなた、そんな事も知らないで一緒にいるの!?」

自分を置いて和やかに談笑する二人に腹が立ったのか、リュドミラはマリィに突っかかる。その迫力に圧倒されながらも、マリィはさらりと答えた。

「え、うん。だって長かったし」
「そういう問題じゃないわ! 大体あなた、ヴァルとどんな関係!?」
「んー、同僚」
「ど……っ!? あなたがヴァルをたぶらかしたのね!」
「おねーさん、斜め上の発想が得意?」
「失礼ね!」

(それ以上でもそれ以下でもないんだけどなあ)
しかし今それを言えば逆効果になりそうだったので、マリィはそれ以上は何も言わなかったが。
先程から見ている限りで分析すると、少々思い込みが激しい性格のようだ。なんとなく、ローが彼女を置いてきた理由が分かるような気がする。
リュドミラは何かを考え込むと、はっとしたようにローを見た。

「ヴァルがわたしに振り向いてくれなかった理由はこういうちんちくりんでぺっ たんこがタイプだったからなの!?」
「ちんちく……っ!?」
「……すまない、そこまで悪気はないはずだ」

→ちんちくりん――――背が低い人を嘲う言葉。
→ぺったんこ――――胸が(以下省略)
彼女と自分は間違いなく初対面で、初対面の人間にこんな風に言われる筋合いはどこにもない。流石のマリィも軽く怒りそうになったが、ローのフォローにもなっていないフォローを聞いて、やきもきしながらもなんとか心を落着かせる。

「えーとおねえさん」
「あなたにお姉さんと呼ばれたくないわ!」
「じゃあミラさん。ロー疲れてるからさ、もう少し声のトーン落としてあげなよ。そうしたら気遣ってくれる優しさにときめいちゃうかも」
「え……! ご、ごめんなさいヴァル!」
「いや……いいんだ」

(上手いな)
(これ、貸しにしておくからね)

そんな二人のひそひそ話は、今の彼女には届かない。マリィの言葉を真に受けたらしく、自分の世界に入り込んでいるようだった。どうやら、思い込みが激しく尚かつ単純らしい。
恋する乙女の妄想ワールド、とでも表現すべきだろうか。ハートマークが飛び交 っているが、それに触れる勇気はローにはなかった。
しかしローが疲れているというのはねずみになっている時点で気付いてもよさそうなものだが、好意的に解釈するのなら久々に出会えた喜びがよほど大きかったのだろう。

「ロー、愛されてるねえ」
「言うな」

諦めたようなローの一言で、マリィは彼らの関係が分かった気がした。彼が逃げていたものの一つに彼女も含まれるのかもしれない。

「頑張れ、ロー」
「慰めになってない」
「さっきのお返し」

ローは溜息をつくと、マリィの掌から下りて人間の姿に戻る。ミラもようやく我に返ったのか、そんなローの姿を食い入るように見つめた。
……しかし、逆にそれがまずかった。

「あ、あなた髪……っ! それにその安っぽい服はなんなの!」
「こ、これはその」
「ローはうちのサーカス団に入ったんだよ。その時にだんちょーが切ったの」
「どういうこと!? ヴァル、ちゃんと説明なさい!」
「だからな、ミラ……」
「今打ち上げやってて、ぼちぼち行かなきゃまずいんだけどさ。ミラさんどうす る?」
「わたしも行くわ! また置いていかれてはたまらないもの!」
「おっけー。んじゃいこー!」

こういった対応に慣れているのか、さらりと受け流すマリィに感謝しながら三人は飲み屋への道を歩く。
叶うなら、逃げ出したい。今すぐにでも。そう思ってみても、ミラにしっかりと腕を組まれているローには出来そうもなかった。

**

「遅くなってごめんねー」
「おーマリィ。ホントに遅かったな」
「人生とは、出会いと別れなのですよ」
「は?」

マリィが入って来てからほんの少し遅れて、一同の視線は同じ場所に集まる。言うまでもなく視線の先にいるのは、ローの腕を組んでいるミラ。
彼女は組んでいた腕を離すと、左右のスカートの裾をつまみ丁寧に頭を下げた。 完成されたその動作に、誰もが目を奪われる。

「わたくしはリュドミラ・サンティ・フローレンスと申します。いつもこの者が お世話になっております」

……穏やかに、優雅に挨拶する姿は先程までの彼女とは別人である。いや、もしかしたらこちらが本来の姿なのかもしれないが。
こんな事態に慣れていない団員達は見事に固まり、最初に我に返ったのは団長だった。

「ロー、知り合いか?」
「連れてきてしまってすみません。その、迷惑だと諭しても離れなくて……」
「わたくしは彼の婚約者です」
「と、彼女は主張しているが」
「彼女が勝手に言っているだけです」
「まあ! どうしてあなたはそういうことを言うの!」
「何度言えば気が済むんだ! お前自身は嫌いじゃないが、呪いがどうなるかと 考えるととても一緒になる気にはなれないと!」
「そ、それは……でも! わたしは真剣にあなたを愛して……っ」

――――え、何これ、どんなシーン?
その場にいた団員達の戸惑う心の声は二人に届きもせず、まるでドラマのように話が進んでいく。幸いにも、ローが思わず叫んでしまった「呪い」という言葉は誰も気に留めなかったようだった。
今にも泣き出しそうなミラを見てローはバツの悪そうな顔をするが、それでも彼は自分の言葉を撤回しなかった。

「ロー、今日は帰れ。事情は知らないが、ちゃんと話し合った方がいい」
「すみません。マリィ、お前も一緒に来てくれないか」
「へ!? そういうのって余計話こじれるからやめようよ」
「……頼む」

真剣なローの声に、マリィは困ったように小さくため息をつく。

「貸し二つ目だからね。新しく出来たケーキ屋さん行きたいなあ」
「ああ、それでかまわない。ミラ、歩けるか」
「……歩ける、わ」
「お騒がせして、すみませんでした。お言葉に甘えて失礼しますね」

ローはぺこりと頭を下げ、騒ぐだけ騒いだ三人は飲み屋から出て行く。訳も分からず取り残された団員達を残したまま。

「な、なんすかアレ。修羅場?」
「しっかし綺麗な子だったなー。かなり気が強そうだったけど」
「私ローの事ちょっと狙ってたのにー!」
「俺も狙ってたのにー!」
「え、それはマズイ! マリィの方だよな!?」
「マリィ大丈夫かしら。ねえ、団長」

団員の女性は団長に声をかけるが、返事はなかった。不思議に思い、もう一度尋ねる。

「団長?」
「あ、ああ。そうだな」

珍しく上の空の彼に女性はもの言いたげな表情をするが、別の団員に酒を勧められそちらに流れてしまった。

”リュドミラ・サンティ・フローレンスと申します”

「……まさか、な」

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