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虹の小道-06

「あのさ、この空気やめない?」

どんよりというのか、真剣というのか。
マリィもあまり口を挟む気はないのだが、二人が一向に喋ろうとしないため意を決して口を開いたのだった。ローは俯いていた顔を上げて一応の返事はするものの、すぐにまた俯いてしまう。時折何かを言いたそうな素振りを見せるが、結局形にはせずに再び閉ざしてしまっていた。ミラに至っては目線を下に落としたまま、何の反応も見せない。仕方ない、とマリィは自分が炒れた紅茶を口に含む。ホットだったはずのそれは随分と温くなってしまった。――――しかし彼らは一体いつまでこうしているつもりなのだろうか?

団員達が住む建物の客間のような場所に案内し、向かい合わせに座った問題の二人。マリィは小さな椅子を持ってくると中間に腰を下ろした。
三人分の紅茶も手をつけたのは結局マリィだけで、二人は視界に入れようともしない。気を遣って(実際は面倒になって)マリィが席を立とうとするとローが縋るような目で見るためにそれも叶わない。
カチコチと古時計の音が響く中、先に痺れを切らしたのは当然と言うべきか、マリィだった。

「ローもミラさんも互いに言いたいことがあるんだよね。言わなきゃ通じないんだからさ、さくっと言っちゃおうよ。てかローも男なんだからうじうじしない!」

マリィにはっきりと告げられてしまったローはたじろいながらも頷く。確かに、このままでは埒があかない。

「……ミラ、顔を上げてくれないか」
「あげたら、あなたはわたしの気持ちに答えてくれるの?」
「それとこれとは話が……」
「一緒よ!」

ローは困ったような表情を浮かべ、まるで子供に言い聞かせるようにゆっくり言葉を吐き出す。ミラの返答に言い淀んでしまったローだったが、彼のそんな態度にミラは悔しそうに右手を握り締める。

「ミラ、今すぐ家に帰った方がいい。了承を取って来たわけじゃないんだろう」
「あなたはいつもそうよ! わたしの気持ちをはぐらかしてしまうの!」
「お前と一緒になる気はない。気持ちには答えられない。これ以上の答えはない」

しーん。
オブラートに包むという事を知らないのか、(もしくは包んでも無駄だと悟った上でなのか)きついローの返事に流石のミラも黙ってしまう。握り締められた彼女の右手にぽたぽたと、涙が落ちてきていた。

「……だったなら」
「え?」
「もし、わたしに呪いがなかったら! 普通の女の子だったなら! あなたは振り向いてくれたの!?」
「もしもの話をしてもしょうがないだろう?」
「それならわたし、その辺にいる男と子供を産むわ! そうしてその子に呪いがうつったらわたしと結婚してくれる!?」
「お前、言っていい事と悪い事がっ」
「わたしは本気よ!!」

――――涙を流しながらも訴える彼女は、真っ直ぐな瞳をしていた。どれほど彼女が彼を愛しているのか、その瞳を見れば分かる。
しかし。

「その子供はどうするのさ」
「部外者が口挟まないでくれる!?」
「言っとくけど、連れて来たのはローだからね。貴方、将来大きくなった子供に何て説明する気なの? それとも最初から育てる事を放棄するの? ”呪い”と呼ぶほど重いと分かっていながら、あなたはその子を一人にするの」
「そ、それは……」
「子供は、親を選べないんだよ」

ミラの発言を責めるように言葉を続けるマリィは普段の態度からは想像出来ないほど真面目な顔をしていて、どこか怒っているようにも見えた。

”生みの親は今何してるのかわかんない”
ローの頭にいつか彼女が言った台詞がよぎる。ミラの発言は明らかなる失言だったが、それ以上に。マリィの前で口にしていい内容では、なかった。
正論で返されたミラはそれ以上何も言う事が出来ない。けれど、再び訪れた静寂を壊したのもマリィだった。

「ん? てかミラさん、「わたしに呪いがなかったら」って言った? 呪いってローがねずみになっちゃうことだよね」
「お前、もしかして分かってなかったのか!?」
「え、わかんないよ。うち何も聞いてないし」

シリアスなムードはどこへやら。今はもう完全に消え去り、マリィはすっかりいつも通りの調子に戻っていた。

「そ、そうだな……。すまない、説明していないこちらが悪い」
「説明することなんてないわ! 大体あなたヴァルの何なの!?」
「俺とマリィは何もない。それよりミラ、そろそろ落ち着くんだ。お前は――――……」
「知らないわ! 貴方の言うことなんてわたしは……っ!」

ミラが言いかけた言葉が続く事はなかった。

「……やっぱりか」
「へ? あれ、猫?」

二人の目に映るのは、真っ白な毛並みに青い目の愛らしい猫。ペルシャ猫だろうか―――首輪のようにも見える綺麗なブレスレットには宝石が散りばめられており、猫本来の気高さが増していた。しばらくしてある事に気付いたマリィは、はっとしたようにローの方に視線を移す。

「あのさ、もしかして」
「間違いなく、ミラだ」

「つまり箱を開けたのは二人いて、それがローとミラさんのご先祖さんってこと?」
「ああ、そうだ」
「それは分かったけどさ、何でミラさん猫になっちゃったの?」

疲れ果てたのか、猫の姿になってしまったミラはローの膝の上ですやすやと眠っていた。静かになったく空間に安心しつつ、ローはマリィに全てを説明する。

「ミラは感情が高ぶると猫になってしまうんだ。しばらくすれば戻るが、その間は喋れない。それを不憫に思った過保護な母親や周りの人間がミラを甘やかして育てた結果が、これだ」
「我侭な性格になっちゃったわけね」
「要するにそういう事だ。ミラの無礼は俺が謝る。すまない」
「いーよ、いーよ。それにローが謝っても仕方ないって」
「だが……」
「まあ、うちでよかったと思ってよ。あれが他の人なら殴られてるから」

先程の出来事を引きずりもせず、当り散らすでもない彼女は年の割にひどく大人びているような気がした。ローが比べる対象がミラのせいなだけで、これが普通の反応なのだろうかとも思ったが、”他なら殴る”と明言した辺りやはり彼女が落ち着いているのだろう。

「で、ローはこれからどうするの? 話題にのぼらなかったけど」
「ミラを家に帰して、俺もまた旅に出ようと思う。いつまでもここにいるわけにもいかないからな」
「そっか。ローの部屋に連れて行くのは色々問題あるから、今日の寝床はうちの部屋で我慢してもらおう」
「……いいのか?」
「うちは動物好きだよ」

そういう問題じゃ、ないんだが。しかしここはマリィの好意に素直に甘えることにした。ミラを起こさないようにそっと立ち上がり、女性部屋の方へと歩いていく。

マリィが寂しそうな表情をしていた事なんて、彼は気付かないまま。

「じゃあ、すまない。ミラを頼む」
「りょうかーい。おやすみ、ロー」
「ああ、お休み」

ローに挨拶して、マリィはぱたんとドアを閉める。足音が遠ざかっているのを確かめると、とりあえず敷いたタオルの上で眠るミラの方に近づき、静かに口を開いた。

「ミラさん、起きてるよね」

返事はない。そのかわりに、猫が僅かに動いた。

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