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虹の小道-07

「氷持ってくるからさ、この部屋いてね。ついでに紅茶も淹れなおしてくるよ」

にゃーという鳴き声を聞いて、マリィは部屋を後にする。紅茶と氷を持って戻って来た時、彼女の姿は元に戻っていた。

「はい、紅茶。と、氷ね。目腫れちゃうしさ」

マリィに差し出されたものをこくり、と小さく頷いて受け取ると、ミラはゆっくりと紅茶に口をつける。
彼女は何も喋らなかった。そしてマリィも何も強制しなかった。しばらくして、ミラはぽつりと呟く。

「あなた」
「うちは貴方って名前じゃないよー」
「……マリエッタ」
「うん?」
「あなた、ローとどんな関係なの」
「あはは、ミラさんそれ三回目。行き倒れたローを見つけたのがうちだったの。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「わたしは、生まれた時からヴァルがそばにいたわ」

ぽつりぽつりと、ミラは語りだす。彼女にとって大事な思い出を、そしてかけがえのない過去を。

「まるで腫れ物のように扱う母親や周りの人間と違って、同じ呪いを持つヴァルはわたしの気持ちを分かってくれた。それは逆もそうよ。わたしはヴァルが好きだったし、同じとまではいかなくてもヴァルも好意を持っていてくれてると信じていたわ」
「うん」
「でも彼はわたしの告白に頷く事はなかった。呪いの子を産む気は、ないと。むしろ、わたしは呪いを受けいれいていた。彼のそばにいられるなら、それでかまわないと思っていた。呪いを嫌っていたのはヴァルの方よ」
「ローが?」
「ええ。絶対に解いてみせるのだと……わたしと彼の距離が広がっていったのは彼のこの一言が原因だったわ」

全ては仕方のない事なのだと、ミラは思っていた。自分が呪いを受け継いだことも、女としてフローレンス家に生まれた事も。
狭い狭い鳥籠から出ようとは考えなかった。出る勇気も、力もなかった。けれど彼は飛び立っていってしまった。自分の意思で扉をあけて、一人だけで。
だからミラは追いかけてきたのだ。それこそ危険を犯して。

彼女の言葉に何の嘘もないだろう事は、マリィにも分かる。けれどどこか自分が見た二人と幼少の二人は結びつかなかった。彼女の態度から見て、呪いを嫌っているのはミラの方かと思ったのだ。
マリィの言わんとする内容を悟ったのか、ミラは柔らかく笑った。

「フローレンス家の方が、呪いの進行が早いの」
「え?」
「わたしが猫でいる時間も段々長くなっているわ。だから彼は呪いを解こうと必死になった。わたしを、置いて」
「そっか」

彼女が縋り付こうとするのは、今。けれどそこに未来があるかと言えば、難しいところなのだろう。
ローは未来を見た。明日を過ごしたいと思った。過ごしてほしいと思った。彼女は愛する人と一緒ならそれでいいと言うのかもしれない。だけど彼はここで立ち止まりは、しない。

「でも二人が今ここにいるってことは、ご両親とかご先祖さんも傍にいてくれる人を見つけたからだよね。ロー以外に理解してくれる人を探すっていう案はないの?」
「わたしはヴァルが好きなのよ! 他の男なんていらないわ!」
「それなら他の男と子供産むなんて、言っちゃだめだよ」

思わず声を荒げてしまったミラだったが、マリィの言葉が紛れもない正論であったためにしゅん、と俯いてしまう。
実際、彼にも同じ台詞を言われた。他の男を見つけた方がいい、と。それでもミラはひたすらに彼が好きだった。少し歪んでしまっても、愛していた。

「ヴァルを探すのは大変だったわ。一人でそれが叶えられたら、ヴァルに認めてもらえるかもって期待したの。でもだめね、怒られてしまった」
「それはミラさんが大切だからだと思うな。どうでもいい人間に怒らないよ」
「それでもやっぱり、わたしは彼に笑ってほしかったのよ」

わたしを受け入れて、ほしかったの。
はらりはらりと、大粒の涙が零れ落ちていく。
マリィが差し出したハンカチを受け取ると、ますます彼女は泣いた。自分よりいくつも年上のはずなのに、マリィには幼い子供のように見えた。

「ローが、本当に好きなんだね」
「……でなければ、こんな辺境の地まで来ていないわ」

相変わらず棘のある口調も、涙の前では柔らかく聞こえた。
正直、マリィには「恋」というものは理解出来ないけれど。彼女が彼を思う気持ちは、間違いなく恋で愛なんだろう。

そっと、彼女の頭を撫でる。綺麗にセットされた髪を崩さない程度に、やさしく。
最後は泣き疲れて眠るまで、ひたすらに彼女は泣いた。眠る直前に呟いたごめんなさい、という謝罪を聞いたマリィは笑って返した。

「ミラさん、ミラさん。うちはそろそろ出るけど」
「んん……。あなた、朝はやいのね……」
「習慣だからねー。もしかしてミラさんも朝日苦手なの?」
「箱をあけてしまったのがよるだから……まぶしい」

とろん、とした瞳で受け答えする彼女はやはり実年齢よりも幼く見える。結局ベッドは彼女に譲ったのだが、ミラは体を起こすと窓から差し込む光に眩しそうに目を細めていた。

「カーテンしめよっか?」
「いえ、わたしも起きるわ。ヴァルも起きているのでしょう?」
「まあローは新人だから、既に起きてるとは思うけど」

含みのあるマリィの言葉に、ミラは訳が分からないといった風に眉を顰める。マリィは何かを言いたそうに小さく溜息をついた。

「はっきり言っていい?」
「ええ、どうぞ」
「今のローとミラさんが何度話し合っても、同じ事の繰り返しに見えるよ。だってどっちも一方的なんだもんさ」
「じゃあどうしたらいいの!?」
「相手が何を考えてるのか聞いて、そこにある気持ちをちゃんと考えなきゃ。自分が何を伝えたいのか、もね」
「かんがえ、る……」

声を荒げるミラを受け流し、まるで諭すかのようにマリィは話す。あなたに言われたくないだとか、あなたが何を知っているの、だとか反論する隙もなかった。少女が言った台詞が、ミラの頭の中で繰り返す。
自分達はいつから、話し合うことをやめてしまった?

「なーんて、受け売りだけどね!」
「あなたね……っ!」
「ミラさん、見てみて」

不思議そうな顔をするミラに対し、マリィは悪戯っぽく笑う。小さなボールを二つ取り出すと、リズムよくもう片方の手に放り投げては受け取り、そしていつの間にか投げるボールはひとつ、ふたつと増えていく。
くるりと回転してみたり、投げる速さを増してみたり、棒が途中で加わったりしてもマリィは決してボールを落とさない。まるでボールが意思を持って動いているかのような完成された動きに、ミラは目も心も奪われていた。
マリィが手を止めるまで、自分が見惚れていた事にさえ気付かない程に。

「っとまあ、こんな感じで。朝早いから出来ることは限られてるけどね」
「え? え、ええ……すごいのね」
「一輪車とかおっきな玉とかに乗りながらやるんだよー」
「ええ? こ、怖くないの?」
「怖がってたらサーカス団はやってられません。ちょっと元気出た?」

お茶らけたマリィの言葉に、ミラは一瞬きょとんとした表情を浮かべると我に返る。――――この少女は、気を遣ったのだ。
怯えもせず、同情もせず、ただ自分を楽しませようとしてくれた。それなのに自分は、少女にどんな態度を取っただろう。

「ごめんなさい……」
「うちもごめんね。首突っ込む気はなかったんだけど」
「彼と話を、してみるわ」
「うん。でもさ、男ってのは多くは語らないもんなんだって団長達が言ってた。で、それが男なんだってさ」
「……あなた、子供っぽいのか大人びてるのか分からないわね」
「どっちの気持ちも分かるってお得だよー」
「おめでたい頭だわ」
「ローにも言われた。でも、前向きに考えた方が楽しいし」

嫌味にも挫けない心は前向きと言えばいいのか、能天気と言えばいいのか。けれど不思議とそう嫌な感じはしない。

「そう、ね」
「そうそう」

彼も、自分も。もう少し早く少女に出会っていれば道は違っていたのかもしれないと、ミラは今更何の意味もない事を思った。

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