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虹の小道-09

「あら、マリィ寝ちゃった」
「寝かせとけ、寝かせとけ。しかしよくこんな煩いトコで眠れるな」
「慣れてるんでしょうね。上着貸して頂戴、マリィにかけるから」
「ほらよ」

頭を撫でられているのを感じながら、マリィは完全に意識を飛ばす。
マリィにとっての家族は、サーカス団の皆だった。大事な仲間で、かけがえのない家族。過去も、これから先も。

「ふあーあ……」

(いつの間に寝てたんだろー。首が痛いなあ)
マリィはぐるりと、辺りを見渡す。小物やカーテンなどは明るい色で統一され、棚にはいくつかの写真立てが飾ってある。写真に写る人々は誰もが皆笑顔だった。
もう見慣れた、自分の部屋だった。
ローの送別会をしていたはずで、しかし記憶は途中で途切れている。慌てて時計を確認すると、思ったより時間が経過していない事にほっと胸を撫で下ろした。

「この時間ならまだ起きてるかなー」

多分起きているだろう、と結論を出すと部屋を後にする。幸せな夢を見ていた気が、した。

「あ、マーシャさん! だんちょー知らない?」
「団長? 部屋にいるんじゃないかしら」
「ありがとー! そういえばあんまりニーノいじめちゃだめだよ」
「だってアイツは乙女心を分かっていないのよ! 肝心なとこでへたれなんだから」
「あはは。うちの女性陣は強いよね」
「今の世の中、そのくらいでいいのよ」
「おっとこまえだねー! じゃあそろそろ行くね」
「ええ。あ、でも……あら、もういない」

「ロー君も一緒って言い忘れたのだけど……まあ問題ないかしら」

「あの、俺何かしましたか」

おそるおそる尋ねてみたが、返事はない。
そろそろ送別会もお開きになろうかというところで団長に声をかけられ、彼の部屋に案内されたもののローには呼び出される理由が分からなかった。雰囲気が深刻なものであるから、尚更。

「ミラという子は婚約者だと言っていたな」
「え、ええ。本人が勝手に言っているだけですけど」
「単刀直入に言おう。何でロメリア家の人間がサーカスなんてやってる」
「!」

彼の瞳に迷いはない。確信を持った上での、発言。一体いつから気付いていた? 最初から、それとも途中で?

ローの瞳が揺らぐ。じっと見られているのが、嫌でも伝わってきた。

「まさかとは思ったが、当たりか。ロメリア家っていうのは代々続く騎士の家系だろう。マリィがその事を知っているとも思えんし、一体どこで知り合った?」
「……俺が行き倒れてたのを彼女が助けてくれたんです」

今ここで偽ったところで、何の意味もないだろう。だからこそローは素直にありのままを白状したのだが、彼はやや驚いた後に盛大に噴出した。確かに理由が随分と阿保らしいとロー自身も自覚はしていたものの、まさか笑われる羽目になるとは。
しばらくして笑い声は止んだが、ほんの一瞬の彼の表情がどこか寂しそうに映って、ローは何も言えなかった。

「なあ、ロー。お前を呼んだのはお前に頼みたい事があったからだ」
「俺に、ですか?」
「ああ、お前じゃないと意味がない」
「でも俺はもうすぐここを発ちますし……」
「だから、だ」
「え?」

まさか、そんな事を頼まれるなんて予想もしなかった。

「――――マリィを連れて行ってやっては、くれないか」
「は……?」

マリィを連れて行ってやってはくれないか。マリィを連れて行ってやってはくれないか。以下ローの頭の中でリピート。何度繰り返しても、内容は決して変わらない。敬意も忘れ、思わず素で聞き返してしまったローを見ても、彼の強い瞳に変化はなかった。
ローはしばらくフリーズし、ようやく意味を理解した頃には酒もすっかり抜けていた。

「え、えーと」
「お前が断ったところで、お前の素性をばらしたりはしねェから安心するといい」
「いやその、俺既に断られてるんです」
「は?」
「ここが居場所だから、と。そう言ってました」
「あの馬鹿……」

この人は何故、彼女との旅を勧めようとするのだろうか。本当は彼女が鬱陶しかった? いや、彼女にとって彼が大事な人であるように、彼にとってもマリィは大事な存在のはずだ。入って日が浅いローですらそう思うのだから、二人の間にある絆はもっと深いもののはず。その証拠に、棚の上に置かれている写真立てに飾られた二人の写真は、本当に幸せそうに楽しそうに笑っている。

それならば、やはり何故?

「マリィの夢は人に夢を与え続ける事だと言っていました。それは、貴方のようになりたいからだと思ったんですが」
「……アイツは、本当はもう一つ夢があるんだ」
「え?」
「”世界を見たい” 俺達に遠慮してか、自分自身認めたくないのか、言葉にはしないがそう思っているのを俺は知ってる」

そう言われてみれば、ローにも思い当たる節があった。旅をしていた頃の話を、彼女は楽しそうに聞いていたからだ。どこの街は綺麗だとか、猛毒のきのこの話だとか、些細な出来事でさえ目をきらきらと輝かせていたのである。
もう一つの夢、というのが本当なら。あれは”外”の事を聞き たがっていたのだろうか。自分では見られない、広い広い世界の話を。

ここにいたいという願いと、世界を見たいという反する望み。ならば彼女は、どちらを選ぶ? そんなの――――……

**

(後で話そうと思ってたのに忘れてたんだよね)

マリィは団長の部屋の前まで訪れると、ノックをしようと手を伸ばす。しかしその時話し声が耳に届き、それが真剣な声であったため、伸ばしかけていた手を下ろした。そして聞こえた会話に時間が、止まる。

「俺はこの世界は詳しくないですけど、マリィの技術が高いのは分かります。だから、どうしてあの子を半人前だと言い続けるのか不思議に感じていたんです。この世界に長く留まらせないため、ですか」
「……ああ」
「でもそれでもマリィは……」

ローが言いかけた時、物音が響く。誰かが遠ざかっていく、足音だった。

「まさか……ッ!」

ローは慌てて部屋を出ると、音の正体を探す。小さな影が、角を曲がったのが分かった。

聞かせるつもりなんて、なかったのに。
傷つけるつもりなんてなかったのに。
きっと、彼女は知らなくていい事だった。

「待て、マリィ! マリエッタッ!!」

泣いていてほしかったわけじゃない。
けれど、振り返った彼女が涙を流してなかった事に衝撃を受けた。

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