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魔法使い×球根のらぶらぶ物語。(予定)
03:魔法使いと弟子

魔法使い様、ってのは頭がおかしい存在です。常人には到底理解できません。彼の弟子も曲者なのは、極自然なことでした。

「さ、ハニー。お水あげるからね」

魔法使い様は今日も上機嫌で、私に水をくれます。量が多すぎた最初の頃に比べると、大分ましになってきました。まあ私が散々文句つけたからなんですが。魔法使い様は全部聞き入れてくれましたけど、この人みょーに素直なんですよねえ。ここから逃げたいとかは華麗に流されますけどね。

「昨日より芽が36ミリ伸びてるね。すくすく育ってね、ハニー」

こっまかいですねー。しかし私、芽が出るのはもう何度目でしょう。面倒になって数えるのをやめてしまったんですよね。この人に捕らわれて何日経ったのかもはっきりしません。季節すらあやふやです。私以外の花は植えられていませんから季節感を感じることも出来ませんし。冬でないのは確かなようですが。

「ああもう、可愛いっ。食べちゃいたいくらい大好きだよっ」

球根相手に愛を囁けるこの人は本気で凄いと思います。人間見た目ではない、とはよく言いますけど、でもやっぱり外見って大事だと思うんですよ。自分の好きな人が球根になってしまったとして、元に戻れるように頑張ろう! と奮闘する人はいるでしょう。でも欲情する人はいないはずです。だって球根ですよ、球根。もっふもふの猫ちゃんとかなら、まだ可能性もあるかと思いますが。動物なら何らかの反応も取れますしね。球根は土に植えられるだけです。

「食べたらお腹壊しますよ、魔法使い様」

ソフィラには毒性が含まれていますから、間違っても食べてはいけません。豆知識です。まあ魔法使い様は平気かもしれませんが。

「ああ、ハニーはやさしいねっ。君のその無気力な愛がたまらないよ」

貴方を気遣ったわけじゃありませんよ。貴方のような気持ちの悪い人に食べられるなんて絶対にごめんなだけです。誰ならいいのか、と問われると、みんな嫌ですけど。

「ずーっと、ずーっと一緒にいようね」

折角出た芽に頬擦りしないでください。というかこの人、本当にいつも私の傍にいるんですが仕事とかしなくていいんでしょうか。国家魔法師の一人ですよね?

「師匠!!」

怒気が混じった大声に、ついびくっとしてしまいます。魔法使い様はどちらかといえばぼそぼそ喋る人ですから、こんなに大きな音を聞くのは久しぶりです。

「うるさいよ。ハニーが怯えてる」

そう返す魔法使い様の声は、いつもより低いです。威圧感もあります。もしかしなくても怒ってますよね。初めて見ました。

「貴方がさぼるから、私経由で依頼がきたんですよ! 弟子に手間をかけさせないでください」

現れたのは、黒いローブを着た男性でした。緑色の柔らかい髪に、ピンク色の瞳です。魔法使い様とは色が反対ですね。やはり綺麗な顔立ちをしていますが、なんだか冷たい雰囲気です。まるで氷のよう。

「あ、ねえねえハニーも行こうよ。そうしたらつまらない仕事も薔薇色だと思うんだよね」
「お断りします」

意思表示は大切ですからね、きっぱりと断ります。曖昧な表現はしません。あちこち移動されるのって気分悪くなるんですよ。ストレスも溜まりますしね。慣れ親しんだ土の中で過ごすのが一番です。

「じゃあじゃあ、頑張ってダーリン(はあと)って言って? そうしたら僕、がんばれるから」

何で私が。そう言おうとしたら、お弟子さんに睨まれました。冷ややかすぎて怖いです。

「がんばってだーりん」

自分でもどうかと思うほどの棒読みになってしまいました。でも褒めてほしいところです。これも家族のため、更に言うなら国民のため、ひいては国のためです。魔法使い様の力っていうのはそれだけ強大ですからね。働いてもらわないと困ります。正直、魔法に依存しすぎな気がしなくもないんですけど。

魔法使いや魔女は、何を思っているんでしょう。人々の期待が重荷になったりはしないんでしょうか。利用されるだけされて、腹が立たないんでしょうか。強い魔力を持つ方は長い時間を生きるといいますから、途中で虚しくなったりはしないんでしょうか。もしかしたら、だからこそ性格が歪んでしまうのかもしれません。……じゃあ、この人も?

「ありがとう、ハニー」

彼の言葉は、私の棒読み発言に対してだったはずです。でもどこか寂しそうに見えたのは、私の勘違いだったんでしょうか。
こうして彼と話すまでは、高い給料もらってるんだからその分働いてくださいとだけ思っていました。どこか他人事で関心もなかったんです。けど私は、彼らも生きているのだと知りました。以前出会った女の子はなんだかいつも泣きそうでしたし、迷子みたいな感じでしたし。弟子の男性が常に近くにいたのは、多分そのせいだろうと思うんです。少なくとも彼は、彼女を心から愛していました。その気持ちは、私達が感じるものとどこが違うんでしょう。どうして私達は、彼らを違うものとして認識してしまうんでしょう。そもそも人間と彼らの道は、どこで別れてしまったんでしょうか。

「さって、仕事しようかな」
「いってらっしゃい、師匠」
「ハニーを任せたよ。ああでも、男がハニーに近付くな」
「はいはい、了解しました」
「ハニー、すぐ帰ってくるからね。君の事は片時も忘れたりしないからね。僕は君にしか欲情しないから安心してね! だからハニーも僕だけを想っててほしいなあ。もちろんそんな事はないって信じてるけど、こいつにだまされたりしないでね。こいつ口だけは上手いから、右から左に流すくらいでいいんだよ。あとは」
「さっさと行ってくださいダーリン」

というか、行け。しんみりした空気の似合わない人ですね。大体、話は簡潔にしてくださいよ、長いんですよ。しかもどうでもいいですし。ついでにお弟子さんも連れていってくれていいんですけどねえ。嫌な予感しかしません。

「僕は君だけを愛してるからね!」

これほど喜べない告白が他にあるんでしょうか。なんて思っていると、魔法使い様は一瞬で姿を消しました。転移魔法、というやつらしいです。そもそも彼の仕事って何をするんでしょうかね。

「師匠は変化魔法が得意ですからね。我々でも見破るのが困難ですから、何の力もない一般人にはまず分かりません。攻撃力には欠けるかもしれませんが、何が出来るかは頭の悪い貴方でも見当がつくでしょう」

……わあ、すっごく嫌味っぽいです。淡々としてるんですが、言葉の端々から滲み出ています。恐らくわざとでしょうし隠す気もないんでしょうけど、私達を見下しているのがありありと伝わってきますよ。

「ああ、男が近付くなと言われていましたね。煩わしいですが仕方ありません」

一応、師匠らしき魔法使い様には従順みたいです。あの人が人に物教えている姿なんて想像出来ないんですけどね。変化魔法が得意なのだとお弟子さんは言いました。どんな姿にでもなれる、というのは考えてみれば恐ろしい話です。例えば要人が一番信頼する人に成りすまして近づくことだって可能なわけです。情報を得るにしても暗殺するにしても、難易度はずっと低くなるでしょう。……そういえば魔法使い様、私についてかなり詳しかったですけど、まっさか私の家族に成りすましてたこととかないですよね。いくらなんでもそこまではしませんよね。ねー。

「ま、これでいいですか」

黄色い光がお弟子さんを包んだかと思うと、彼の容姿が変わっていました。どうやら、彼も変化魔法が得意のようです。っていやいや、そういう問題ではありません。

わたしが いる。

「久しぶりに見る自分の姿はどうです?」

従業員の服装であるピンクのエプロンを見るのは、本当に久しぶりです。可愛らしさがあり、機能性にも優れた一品です。あちこちにポケットがありますし、風通しの良い素材ですし、洗濯だってしやすいんです。着ているのは、お世辞にも十人並みというのが精一杯な女性。くすんだ金の髪を安いバレットで一つにまとめ、二重になりきれなかったこげ茶の瞳は細いです。花屋は力仕事でもありますから、同年代の女性より筋肉もついています。無駄な脂肪がなくすらりと伸びた足はちょっとだけ自慢でした。夏でも冬でも冷水に手を突っ込むことが多いのでどうしても手が荒れてしまい、一生懸命にお手入れしていたものです。間違いなく、私です。当然、球根にされる前の。不意に泣きたくなるのは、どうしてでしょう。毎日見ていたはずの自分を懐かしい、と感じてしまったからか、それとも。胸を盛られているせいですかねー!!

「貧相すぎましたからね。可哀想なほどに」

うっさいですね、男はこれだから! 大事なのは大きさではありません、形です! 形なんです! 肩が凝ることだってないし何が悪いんですか。あああもう、鼻で笑わないでください。魔法使い様はひたすらに気持ち悪いですが、この人の場合いらって感じです。いらっいらっいらっと募っていく感じです。やり場のない気持ちを誰かと共有したいです。

「師匠も変わった趣味をしていますよね。いきなり私の部屋に訪れて「女神に出会った!」とか言い出した時はとうとう壊れたのだと思いました」

そうですか、大変ですね。でも魔法使い様は元から壊れてそうな気もしますけど。

「どうしたらいいのかな、なんて相談してきますから、その辺にあった本を渡したんです。そっくりそのまま実行するとは思いませんでしたが……薔薇百本はどうでしたか」

原因は貴方でしたか。余計な真似してくれたんですね。しかしその本、ちょっと気になります。果たして美談として書かれていたのか、女性に付きまとう男として書かれていたのか。どちらにせよ、実行してしまう魔法使い様はもう少しよく考えてから行動した方がいいと思います。ん、あれ、そういえばお弟子さんと会話が通じてます? また心読まれているんでしょうか。

「何の魔法も使っていませんよ。師匠の魔法に上乗せするのは骨が折れますからね。ただ貴方が何を考えているかくらいは容易に想像がつく、という事です」

さいですか。ということはどれだけお弟子さんを貶しても伝わらないで済むんですね。よかったです。遠慮なくぼろくそにしましょう。

「容易に想像がつく、と言ったでしょう。貴方も大概いい性格してますよ」

ありがとうございます。そうでもなきゃ魔法使い様と会話なんて出来ませんよ。お弟子さんは私を冷めた目で見下ろしてから、どこから持ってきたのか分からない椅子に腰を下ろしました。そしてこれまたどこから取り出したのか分からない本を読み始めます。暇なので、表紙とタイトルを観察してみました。単なる興味本位でもあります。どこからどう見ても男女の恋愛小説なんですけど、あの、えー?

「何ですか、面白いですよ。実に馬鹿馬鹿しくて」

なんと捻くれた読み方でしょう。苦労して書いた作者さんだって報われないでしょうに。本を読むなら尚更、家の中に入ったらどうですかね。別に私は放っておいてくれてかまいませんから。

「貴方を家にいれるわけにもいきませんからね」

どういう意味でしょう。足の踏み場もないとか、見られては困るものがあるとか(何とは言いません)、動物でも飼ってるんでしょうか。ソフィラは鉢植えも出来ますが、やたら広い庭に植えたのはもしやそのせいですか。

「魔法具だらけですから、魔法がかかっている貴方に共鳴して体にも影響が出かねません。師匠はそれを危惧したんでしょう」

あまりに意外すぎる理由でした。球根にされた時点で最悪とはいえ、私の知らないところで気を遣われていたんですね。優しいのかそうじゃないのか、判断に迷います。悪い人じゃないんでしょうか、と揺れはしますが、良い人はそもそも球根にして連れ去ったりはしません。口づけしたり頬擦りしたり……は、良い人でもしますか。でも気持ちが通じてない相手にはしませんよねきっと。いけませんねえ、近頃感覚が麻痺しています。

「まあ精々、師匠の慰み者にでもなってください。私に迷惑はかけないでくださいね」

私のせいではないと思います。と抗議はしてみたものの、以降は無視されました。大きく足を組んで――私の姿でするのはやめてほしいんですけど――本をめくるだけです。ちっとも楽しそうには見えませんが、本人は満足しているんでしょうか。昔は無表情だった私を、周囲の人はこんな気持ちで見ていたのかもしれません。退屈なので一休みすることにしましょう。

「ハニー! 今帰ったよっ」

うるさいです。人の睡眠を邪魔しないでください。自分から進んで起きるならどれだけ朝早かろうと大丈夫ですけど、人に起こされるのは嫌いなんです。まだ寝ていたいんです。

「お帰りなさい、師匠」
「何やってんの、お前」
「男が近付くな、と言われましたので。どうです」

私の姿で魔法使い様を誘惑しないでください。腕を絡ませないでください。胸を押し付けるなんてもっての他です。あああ悪寒が。

「うん……これもなかなか」

何がなかなかですか。何が。愛してるとかいうなら丸ごと愛してくださいよ。男なんてこれだから! 少しでも同情めいたことを感じた私があほでした。

「でも睫が4ミリ長い。目も大きすぎる。ハニーの唇はもっとぷるぷるしてるよ。足だって美しい曲線が出せてない。お前、魔法の腕鈍ったんじゃないのか」

うん、彼はただの変態でした。ですよねー。