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魔法使い×球根のらぶらぶ物語。(予定)
04:球根×球根 そして続く道。

「僕ね、思ったんだよ。ハニーの気持ちを共有すべきなんじゃないかって」

魔法使い様は、突拍子もないことをします。人を球根にする辺り、よく分かりますね。でも、まさか。自分自身も球根に変わるとは誰が想像できたでしょう。

「今日はいい天気だね、ハニー」

なんてことはない風に、至っていつも通りに、魔法使い様は私に話しかけます。私と同じように球根の姿で、同じように土に埋められたまま。……どこから突っ込めばいいんでしょう。私困っちゃいます。

「あの魔法使い様、魔法使い様」
「なんだいなんだい、僕のかわいいハニー」
「根を絡ませるのやめてくれませんかね」

もんのすごく不快です。妙な感覚がするだけでも嫌ですが、土の中で何十本もの根が絡まっている図を思い描くと不快度は最大値です。球根になっているのはこの際気にしないことにしますから、距離を空けて植えてくださいよ。球根三つ分空けるってちゃんと教えたじゃないですか。近すぎるんですよ、ねえ。

「師匠の命令ですから」

お弟子さんはひどくめんどくさそうに吐き捨てました。魔法使い様に振り回される彼も気の毒といえば気の毒なのかもしれません。突然球根になった魔法使い様に「世話は任せた」とか押し付けられたんですから。でもそれとこれとは話が別です。

「球根になるっていうのもいいね。煩わしい事を考える必要もなくなって、一日中ハニーの事だけを考えていられる。ずうっと傍にいられるし、僕このままでもいいかもなあ」
「やめてください」

私とお弟子さんで見事にはもりました。なんとなく癪ですが今回ばかりは許しましょう。大体、一体何を言い出すんですか。頭大丈夫ですか。……あ、大丈夫なはずなかったですよねー。ねー。魔法使い様も球根になればちょっとはまともになるはず、とか考えた過去の自分は的外れもいいところです。寧ろより酷くなっています。斜め上をいきすぎです。

「けど唯一の不満点はこいつに世話される事かなあ。癒されないよね」
「師匠のために尽くす弟子にかける言葉ですか。お望みでしたら彼女の姿になりますが」
「お前変化下手くそだからなあ。それにやっぱり中身も伴ってなきゃだめだよ」

お弟子さんの変化姿にでれでれしてた貴方がそれを言いますか。言っちゃうんですか。大きいのがなんだっていうんです。大事なのは形です。大事なことなので二度いいます、形です。いえ根に持ったりしてませんよ、ちょっとしか持ってませんよ、本当ですよ。人間の姿だったら冷水ぶっかけてやるのになんて思ってませんよ。あはは。

「……貴方やっぱり、充分いい性格してますよ」

そうですか、それはよかったです。人間、少々図太くたくましいくらいでいいんです。生きている限り明日は来るんですから、ネガティブに生きるより前向きに生きたいんですよ。例え、球根のままでも。

「僕はそんなハニーが大好きだよ!」

だから、根を絡ませないでください。他に反応が取れないからそうするんですね、なるほど。理由が分かったところで気持ちが悪いのに変わりはありませんが。

「お前はさっさと帰っていいよ。僕はこれからハニーといちゃいちゃするんだから」
「はいはい。何かあったらご自分で対処されてくださいね。魔法が使えなくなっているわけではないんですから」

投げやりに言い残して、お弟子さんはすたすたと歩き出します。どうも彼は転移魔法を使えないみたいですね。それなりに難しい魔法なのかもしれません。そういえばペンダントもつけていませんし、国家魔法師ではないのかもしれませんねえ。

「あいつはね、人間のために働くなんて嫌だって言って逃げ回ってるんだよ。僕はあいつの真名知ってるし、すぐ見つけ出せるけど」
「そうなんですか」

魔法使いや魔女にとって名前とは重要な意味を持つといいます。だから基本的には真名を名乗らず、偽名で過ごすのだとか。しっかし、お弟子さんの人嫌いも筋金入りですねえ。

「あいつは後天的な奴だしね」

今日もいい天気だね、くらいの軽い調子で、魔法使い様はそう言いました。後天的って、何がでしょう。気になったので芽を彼の方に向けてみます。

「ハニーはさ、魔法使いがどうやって生まれるか知ってる?」
「質問が漠然としすぎています。どうやって、と聞かれましても、血筋とか関係ないんですよね?」
「ないねえ。僕の親らしき人は貴族だったし、あいつの親は平民だし」

へえ、魔法使い様って貴族の子だったんですか。意外なようなそうでもないような。何気なく「だった」てつけてますけど、もう亡くなっているんでしょうか。やっぱり長生きしてるんですね。

「でもね、魔力を持つ者っていうのは二通りに分かれちゃったりするんだよ。生まれ持って力を宿してる奴と、何かきっかけがあって目覚める奴。あいつは後者だね」
「それで後天的って話なんですね」
「うんうん。まあきっかけが何だったのかまでは知らないけど、本人にはきつかったらしいよ。今まで仲が良かった家族が手のひら返して、国に売ろうとしたんだってさ。あいつは必死に逃げた。で、僕が拾った。当時のあいつは十三歳くらいだったかなあ」

……言葉も、ありません。何を言えばいいんでしょう。私が何を言えるんでしょう。たった十三歳の子供にとって、きっと耐え難い現実だったはずです。自分が信じてきたものが全て崩される絶望感を味わったに違いありません。

「普通に暮らした十三年間があるからなのかな、あいつは今もその頃の記憶に縋りついてる。と同時に、激しく憎んでる。で気付いたら、ああなっちゃってたんだよねえ。めんどくさい奴だよね」

めんどくさい、で済ませていい話なんでしょうか。私は多分これからも、彼のことは好きにはなれません。見下されたくはありませんし、嫌味を言われたくもありません。過去に何があったって歪まない人は歪まないんですから。でも、彼には彼の想いがあるはずです。それをめんどくさいの一言で切り捨ててしまうのは、仮にも師匠として人としてどうなんでしょう。

「だって僕には分からないもの。力ってのは最初からあったし、親の顔とか覚えてないし」

先程からずっと、魔法使い様は動揺の一つも見せません。ただ普段通りに、重要なことをさらりと口にします。お弟子さんが後天的だとするなら、魔法使い様は先天的だということでしょうか。幸せな記憶がそもそもないから、お弟子さんの気持ちは分からないという意味でしょうか。

最初から与えられなかった者と、途中で無くした者。どちらが可哀想なんでしょう。どちらが不幸なんでしょう。いえそもそも、比べたりするものではないのかもしれません。

「やだなあ、僕は可哀想じゃないよ? せっかく力持って生まれたんだから使わなきゃ損って思ったし。実際使いまくってきたしね。あいつもさっさと諦めたらいいんだよ、過ぎた事はどうにもならないんだから。今が楽しければそれでいいじゃない?」

過ぎたことはどうにもならない――魔法使い様の言うことは限りなく正しいんでしょう。それなのにしこりが残ってしまうのは、私がお弟子さんに同情してしまったせいなんでしょうか。割り切るのは決して容易ではないと知っているからなんでしょうか。

「魔法使い様、ずっと聞きたかったことがあるんですけど」
「うん、なあに?」
「私の家族の間で、私という人間はどういう扱いになっているんでしょう」

ずっとずっと気になっていたことでした。でも聞けませんでした。いくら私が無気力でも、家族は大事だからです。
私は行方不明扱いになっていて、今も探してくれているかもしれません。私ではない誰かを私と思い込まされて生活しているかもしれません。私という人間は最初から存在しなかったことになっているかもしれません。その場合、ショックだなんてものではないです。私の中に彼らはいるのに、彼らの中に私はいないんですから。でも考えうる可能性の中ではまだいい方なんでしょう。被害が出るのは私だけですから。最悪、一家虐殺とかされているかもしれません。考えたくは、ないですけど。

「ハニーの家族は、君がお嫁にいったんだと思ってるよ?」
「へ?」

いけませんね、つい間抜けな声が出てしまいました。だって、予想外すぎる答えに拍子抜けしてしまったんです。

「僕が幻影見せたもの。「私この人と一緒に生きます! 遠く離れてしまうけど幸せだから心配しないでね」って」
「はい?」
「お嬢さんは僕が必ず幸せにするから安心してください! ってのは僕の口からちゃーんと言ったよ。お嫁さんをもらう時、そう言わなきゃいけないんでしょう?」

何やらびっみょーな知識ですねー。お弟子さんが渡したっていう本から得たんでしょうか。

「そうですか」

魔法使い様のやったことは、あまりに一方的です。私の気持ちは無視して、勝手に連れ去って、家族に幻影まで見せて。ああでも、私、すごくほっとしてます。

だって、家族は私が幸せなのだと信じてくれているはずです。彼らのことですから、快く送り出してくれたでしょう。もしかしたらお父さんは泣いていたかもしれません。でもきっと弟が宥めてくれたと思います。お母さんは仕方がない人ね、なんて優しく笑っていたかもしれません。
彼らの中で私は、嘘にはならなかった。少なくとも彼らの中で私は生き続けている。私の幸せを願ってくれている。もう二度と会うことは叶わないのだとしても、それだけが確かならそれでいい。ほんの少しの、さみしさを残して。

「魔法使い様、私のこと好きなんですか。お嫁さんにしたいんですか」
「そうだよ? だから求婚したんだよ」

球根にもしましたけどねー。魔法使い様の愛っていうのは、とても重いです。気持ち悪いです。方向性もおかしいです。完全に別世界に生きています。でもどうやら魔法使い様本人は大真面目らしいです。

「その魔法使いはまだまともな方ですよ。酷いのは相手の意志を確認したりはしませんし、会話も通じません。勝手に転がってる石くらいにしか思ってないですから」

まともな方、だというのは正直今でも信じたくないんですけど、なんなんでしょうね、この気持ち。しょうがない人だなーと子供でも見ている気分です。

「魔法使い様」
「うん?」
「私あなたのこと、別に嫌いではないですよ」

まあ、好きでもないですけど。どうせ心を読まれているのだからと、そこまでは言葉にしませんでした。

「はにー……っ」

なんかちょっと涙声なんですけど、何でですか。

「いやよいやよも好きのうちって聞いた事あるよ! ハニーが僕の事好きだって言ってくれるなんて今日はとっても良い日だね!! 僕こんなに幸せだと思った日はないよ!」

あなたってものすごく前向きですね! あああ根を絡ませないでくださいいいい。うかつなことを喋るものではありませんでした!

◇◇◇

「ところで魔法使い様」
「なあになあに?」

やっぱり人の姿じゃないとハニーに口づけ出来ないからね! と元の姿に戻った彼に話しかけます。

「お弟子さんが魔法使い様に渡した本ってどんな本だったんですか」
「うん? そんな事が気になるの? じゃあ暗唱してあげるね」
「いえ、かいつまんでくれればいいんですけど」
「青年には何もなかった。地位も名誉も、お金さえも。彼女の想い人に勝てるものなんて何一つとして持ってはいなかった。聞けば、相手は国に仕える美貌の騎士様なのだという。自分では隣に並ぶ事さえ出来ない、遠い存在。けれど、彼女を諦める気にはなれなかった。まずは自分を意識してもらわなくては、と彼女が勤める花屋に足を運んだ。薔薇の花を一本だけ買って、たわいない話をして家に帰る毎日。彼女も最初こそ喜んでくれていたが、十日、十五日、二十日と過ぎる度に顔色が変わっていった。お金の心配をしてくれていたらしい。優しい彼女に、胸のときめきは増すばかりだった。そうやって過ごして、とうとう百日目。明日こそ、と青年は心に決めていた」

これもしかして、一字一句違わず覚えているんでしょうか。単純に凄いですね。というか男性が主人公だったんですねえ。

「百一日目、今まで買った薔薇で作った花束を彼女に手渡した。特殊な加工をしたため、鮮度も保たれた色鮮やかな薔薇。だが、彼女は受け取るのを渋った。好きな人がいるんです、と、あなたはお客さんだから、と。青年はこみ上がって来る涙を懸命に堪え、彼女に礼を言う。この百日楽しかったと、心からの感謝をこめて。そして彼女に背を向けようとした時、何故か彼女が自分を呼び止めた。薔薇のように真っ赤な顔をして。でも最近の私はあなたの事が頭から離れないんです。あなたが訪れてくれるのを心待ちにしていたんです。こんな私でもいいですか――彼女が言い終わる前に、強く強く抱きしめる。もう二度と離さないと、心に誓って」

なんということでしょう、美談でした。女性の顔色が変わっていった時、私のように引いたのだとばかり思いました。お金の心配をしたのは暗にもうやめた方がいいのではと伝えたかったのだと思いました。うーん、物語だとこうなるんですね。それとも主人公がよほど好青年だったんでしょうか。

「良いお話だよねっ」

魔法使い様が言うと途端にうさんくさくなるのは何ででしょうね。

「僕もハニーの事二度と離さないよ」

物語とは似ても似つかない台詞です。あっちはもっと純粋な想いなんじゃないでしょうか。まあでも、これが魔法使い様なんでしょうけど。きっとこれからもこうやって、愛を囁かれながら無視しながら生きるんでしょうねえ。

「魔法使い様は、変な人です」
「そう? みんなどこかしら変なものだよ?」

正論っぽく言わないでくださいよ。貴方が一番おかしいんですから。それに付き合う私も私かもしれませんけどね。