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魔法使い×球根のらぶらぶ物語。(予定)
extra:月の花が咲く頃

「ハニーハニー、プレゼントがあるんだよっ」

魔法使い様は妙に上機嫌で、綺麗にラッピングされた箱をちらつかせます。正直とても鬱陶しいです。どうせろくでもないでしょうし。今までも何度かもらったことがありますが、この人感覚ずれてるんですよねー。知識を恋愛小説(お弟子さんの私物です)で得てきますから余計変なことになってますし。

「ふふふっ、今日のはすっごく自信があるよ! ハニーも絶対絶対喜んでくれるはず!」
「そうですか」
「だからねだからね、ちょうだいダーリン(はあと)って言って?」

面倒くさい人ですねえ。期待に胸膨らませてこっち見ないでくださいよ。

「ろくでもないものはいりません」
「ええー、そんな事言わないで。僕の事大好き! 抱いて! って言いたくなるくらい素敵な贈り物なんだよ?」

ないわー。
うっかりそう言いそうになってしまったので、口を噤みます。いえまあ、心読まれてるんでしょうけどね。誰しも心の中では色々、ええ色々考えているものだと思いますが、それを表に出してしまうのはまた別問題だと思うんですよ。なので思うだけで留めるわけです。今回は言ってもよかったとは思いますけど、言葉使いが少々あれでしたからねえ。

「ありえないですね」

ですからちゃんと言い直します。きっぱりはっきりと。

「うう、ハニーがひどい……。僕はこんなにハニーを愛してるのにっ」
「知っていますか、魔法使い様。そういうのを片思いというんです。一方通行です」

この人の場合、そういう可愛らしいものではないですけどね。まあでも、意味的には間違っていないはずです。そういえば私、何年も恋なんてしてませんねえ。うんと小さい頃、近所にいたお兄さんに甘酸っぱい気持ちを抱いていましたが、今思うとあれはただの憧れだったのだと思います。名前さえ思い出せませんし、そもそもお庭が素敵だったから頻繁に通っていただけのような。お兄さんを見ているふりして花の手入れをする姿を見ていたような……うーん、我ながら枯れてます。

「だめだめハニーっ、他の男の事なんて考えちゃだめだよっ」
「過去を懐かしんで自分で呆れているだけですけど」
「それでもだめ。ハニーと僕が歩んできた道は違うし過去はどうにもならないよ。ならないけど、ハニーが今一緒にいるのは僕なの。現在も未来も僕とあるの!」
「はあ……」

私の人生は私のものですよ、魔法使い様。

「それに花なら僕にだって用意出来るんだからっ。ほら」

魔法使い様はリボンをといて、包装紙も剥いで中身を取り出します。お洒落な一輪挿しに生けられた、一本の花でした。白く、淡く、幻想的な――――

「そ、それはまさか……っ!!」
「ふっふー。手に入れるの結構大変だったんだよ。ハニー、こういうの好きでしょう?」
「大好きです!! もっと近づけてください早く!」
「ダーリンって呼んでくれたら……」
「ダーリン、もっとよく見せてください! さあ!」

勢いだけで呼ぶと、「ああいい響きだね……!!」なんてなにやら感動しているようでしたが、かまっていられません。ものすごくどうでもいいです。大事なのは彼が手にしているそれだけです!

「せ、生花です……!! うわあああ良い香りですね!! ああ、ふ、ふれたい……! でもふれたら散ってしまいそうな儚さが素晴らしいです! 流石月の花です!」

月の花、正式名称はルナディア。セレディナ国でのみ咲く特別な花です。セレディナの初代王妃もこよなく愛したとされるほどの美しさを誇ります。私も死ぬまでに一度は見てみたいと思っていました。でもなかなか機会に恵まれず、悔しい思いをしていたんです。だってこの花、一年に一回しか咲かないんですよ。それも毎年微妙に日にちが違うんです。咲く条件が特殊ですから、仕方ないといえば仕方ないんですが。

通常、この国では一月ごとに青い月と赤い月が入れ替わって見えます。今月は赤い月ですから、来月は青い月ですね。ですがセレディナでは常に両方の月が見えるそうです。月の国、と呼ばれる所以です。そして年に一度だけ、二つの月が交わり白い満月となるんだそうです。大規模な祭りも催されるとか。ルナディアの花が咲くのも、この日です。

月の光をたっぷりと受け、固く閉じていたつぼみをゆっくりと開いていく……それはまるで、女神が下りてきたかのような神々しい光景だと聞きます。一生に一度でもいいから、いつか見てみたいです。

「ああ……ずっとずっと眺めていたいです。一日でも一ヶ月でも一年でも眺めていられます」
「喜んでもらえた?」
「最高です!!」

こんなに嬉しいプレゼントをもらったのは生まれて初めてといってもいいかもしれません! 一生懸命に咲かせた自身の花をルナディアに近づけて、大きく吸います。折角ですから、堪能しなくては損というものです。

「ハニーが喜んでくれるのはうれしい、うれしいよ。でも僕より花の方が大事なんだ……っ。花の方を愛してるんだああああっ」
「え、当たり前じゃないですか」

今更なことを言わないでくださいよ。座り込んでいじけないでくださいよ、女々しいですねえ。ああそういえば私、お礼もまだでしたね。舞い上がってしまってすっかり忘れてました。

「ありがとうございます、魔法使い様。苦労して手に入れてくださったんですよね」

球根にされているとはいえ私は元人間なんですから、ちゃんと感謝の気持ちは伝えないといけません。ルナディアが咲いていられるのはたった一日だけですから、枯れないように魔法をかけるにしてもその日のうちにかける必要があります。魔法使い様本人が国を離れるわけにはいきませんから、人伝に頼んだんでしょう。もしかしたらお弟子さんが動いたのかもしれませんが、なんとなく別の人な気がするんですよね。知り合いが多くなさそうな(すみません)魔法使い様ですから、大変だったんだと思います。

「うん、どういたしまして」

何の毒もなく笑っていれば、彼も普通の人に見えます。私達と、私と、同じ。

「ああもうかわいいっ。ねえキスしていい!?」

中身はこれですけどねー。いっそ清々しいほど全くぶれませんねえ。

「頬擦りなら許します」

とても気分がいいですから、寛大な心で受け入れましょう。花を見ていれば時間なんてあっという間に過ぎますしね。あーいい香り。しあわせ。

「あ、そうだ」
「うん? なあに? あ、やっぱり抱いて! って言うなら勿論だいかんげ――――」
「言いません」

毎度のことですが、ほんとにストレートですね。恥じらいとか、言葉を慎むとか、もう少しなんとかならないんでしょうか。私が照れないから悪いんでしょうかね。「きゃあっ」とか可愛らしい声をあげればいいんでしょうか。……そのまま食べられそうな気がするのでこれは却下ですね。

「セレディナに、お礼を言いたい人がいるんです。なんとかなりませんか?」
「えっ何、男!?」
「女の子ですよ。すっごく可愛いよう……女の子です。お世話になったのに私、突然戻ってきちゃいましたから」

唯一私の魔法を解こうとしてくれた、小さな魔女さん。心から親切にしてくれたのは、彼女だけでした。彼女が良い人だったから、私も国家魔法師に偏見を持つのはやめようと思ったんです。同時に、ならどうして魔法使い様は頭がおかしいのだろうと疑問も湧きました。なのにお別れの言葉すら言えなかったんですよね。弟子の男性のせいですけど。あの後どうしたんでしょうかねえ。口が上手そうですから、適当にごまかしてそうですが。

「小さな魔女と弟子……? ハニー、彼女がどんな容姿だったのか覚えてる?」
「はい。ふわふわの黒い髪を青いリボンでポニーテールにしてました。フリルとかレースが沢山ついた質の良い服がよく似合っていましたね。睫もばっしばしでお肌も白かったです。ちょっと羨ましかったです。ああそれと、薔薇のように赤い瞳でしたよ」
「黒い髪に赤い瞳? ハニーの勘違いじゃなくて?」

ん、なんか険しい表情なんですけど、何ででしょうか。そこまで変なこと言いましたかねえ。

「……該当するのは、一人しかいないよ。緋色の魔女だ」

緋色の魔女。セレディナの英雄です。ひょっとして彼女が? とは思いましたけど、合ってたんですね。私ってすごい人達と出会ってたんですねえ。魔法使い様もすごい人なんですけど。国家魔法師と一生関わることのない人がほとんどですから。そう考えると私は運が良いのか悪いのか。

「百年前にセレディナ国とエストレーラ国で大戦が起きた際、セレディナには一人の魔女がいた。魔女は他者を寄せ付けない圧倒的な力を持ち、容赦なく人々の命を奪った。炎の鮮烈さと赤い瞳からついた名が、緋色の魔女」

魔法使い様の話は、私も聞いたことがあります。それほど有名なんです。

「でも人って忘れちゃうんだよ。何十年か過ぎて、またセレディナに手を出してしまう。ま、この国なんだけどね。適うわけもなくってさあ、もうぼろ負け。喧嘩を売った相手が悪すぎたんだよ。詠唱が反則的に短いし、そのくせ威力やばいし、アレほど攻撃魔法に特化した奴は他にいない」

私が生まれるよりも前の話です。魔法使い様は当時を生きてきた方でしょうから、言葉に重みがあります。でも私の中では未だに彼女とは結びつきません。だって本当に害もなさそうな少女だったんです。誰かを傷つけたら泣いてしまいそうな子が、攻撃魔法なんて使うんでしょうか。

「僕からしたらそれ誰? って感じなんだけどなあ。アレは英雄と持ち上げられる一方で自国にさえ恐れられてるんだよ? 笑い話でしょ」
「でも随分と年月が経ってますよね。性格が変わったとか……」
「アレが? どうだろうねえ」

どうだろうね、とは言いつつ、絶対にありえないという口振りです。なんだか腑に落ちません。多分魔法使い様は実際に目にしたことがあるんでしょうけど、私だってそうですよ。ここまで印象が重ならないとなると別人なのでは、という気もします。あの子は魔法で姿を変えてたとか。何でわざわざ緋色の魔女に酷似させたのか、という点が気になりますが。

「ま、待っててくださいね。時間はかかるかもですけど、必ずなんとかしますからっ」

彼女の優しさは本物でした。それだけは、確かなんです。

◇◇◇

渋る魔法使い様に何度もお願いして、ルナディアの花を隣に置いてもらいました。これで今日は良い夢を見られます。何もない真っ黒な空間で、花を胸に抱いて、真っ白なワンピースを着て……

「誰だ?」

やや低めで威圧感がある女性の声が、頭に響きます。誰でしょう、返事をしなくては、と私は目を開けました。夢なのにおかしな話です。

「夢ではないよ。ああでも……ある意味ではそうなのかもしれない。現実から切り離された世界だから」

ルナディアの花の淡い光を頼りに、声の主を探します。そこにいたのは、堂々と足を組んで椅子に座っている女の子でした。ふわふわの黒い髪を下ろして、赤い瞳は冷めたように私を見ています。え、というかこの子、あの魔女さんです。

「違うよ。貴方が出会ったのは「私」ではない。私は貴方を知ってはいるが」
「ど、どういう……?」

意味が、分かりません。あれですか、双子とかでしょうか。あの子は足を組んで座ったりしないでしょうし、丁寧な喋り方してましたし、声だって高かったです。言動も子供そのものでしたしね。でも目の前の彼女は不機嫌そうで、かなり近寄り難いです。加えて、彼女より年上のように見えます。容姿は一緒なのに、醸し出される雰囲気が全く噛み合いません。

「それも違う。私が彼女である事は間違いないから」

う、ううん? 遊ばれているんでしょうか。お礼も言えなかったから、根に持たれたんでしょうか。それで初対面のふりを?

「説明するのは難しいな……あれを見ろ」

すっ、と彼女が指差した方を見ます。……なんと、彼女がもう一人いました。でも目の前にいる人とは違ってスポットライトの光が当たった状態で椅子に座っています。足もきっちり揃えて姿勢良く、ついでに髪も結んで。

「貴方が出会ったのは、あそこにいる彼女の方だ。私はここから見ていただけ。あの子に危害が加えられたら交代するつもりではいたがな」

交代、と彼女は言いました。私が彼女であることは間違いない、とも。演技でないのなら。からかっているのではないのなら。たった一つ、心当たりがあります。でもあれは医師ですら信じない者が多い病気です。だから、そんな。

「信じるも信じないも、貴方の自由だ。だが私に貴方をだまそうとする意思はないよ。当然、あの子にも」

――――二重人格。おそらく目の前にいるこの人は、以前出会った子の別の人格です。自分でも突拍子もない発想ではあります。でもそう考えれば全部つじつまが合うんです。魔法使い様と私の意見が合わなかったのも、対象者が異なっていたせいなんでしょう。ああ弟子の男性が「他の方が」と言いかけたこともありました。きっと「他の方が背負っていたから」と続くはずだったのではないでしょうか。

「貴方が緋色の魔女、ですか?」
「そうも呼ばれるな。だが魔女相手に率直すぎるよ、お嬢さん」

ふ、と見せた彼女の笑みは、とても大人びていました。子供っぽさはどこにもありません。ああ本当に、本当なんですね。じゃあここは精神世界、とでもいうべき場所なんでしょうか。私が人間の姿でいるのも、そのせいかもしれません。でもどうして?

「貴方が手にしているルナディアの花が原因だろう。僅かだが、あの子の魔力が宿っている。それは元々、あの子が所有していた物の一つだ。巡りに巡って貴方の元へ辿り着いたんだろうな」
「え、ええ……」

なんという巡り合わせでしょう。こんなことってあるんですねえ。けど、どうやって帰ったらいいんでしょうか。いえ魔法使い様のいる場所に戻りたいわけではないです。ただ自分が生活していた場所に帰りたいだけです。

「心配せずとも、ほんの一時の出会いだよ。どうにかならなかった場合、馬鹿弟子を働かせれば解決する」

馬鹿弟子……癖の強そうな彼をそう評する彼女はすごいです。しかしあの人、相当に優秀なんですねえ。術も解けないわけではない、って言ってましたし。お弟子さんが骨が折れる、と言っていた魔法使い様の魔法に上乗せも簡単にしていたみたいですし。

「だが、貴方はそれでいいのか? 球根になっていたのも不本意なのだろう」

思わず吹き出しそうになってしまったのは、球根という単語があまりに彼女と不釣合いなせいかもしれません。気を遣ってくれたのに、私ったら失礼すぎますね。反省です。

「いえ、でも……一般人には何もできませんし」
「まあ魔法を解いたところで、またかけられるだけだとは思うが。それもより強固に」

うん、弟子の男性とそっくりそのまま同じ台詞です。信じて疑われていない魔法使い様です。

「私が口を挟めば、少しは状況が好転するかもしれない」

彼女の名は、各国に届きます。一般市民である私とは比べ物にもならないほど発言力もあるでしょう。でも、それでいいんでしょうか。特に親しいわけでもない人に助けてもらって、逃げて、私は納得できるんでしょうか。まず自分でなんとかするべきではないでしょうか。できなかったからの現状なんですけど、でもなんだか素直に頷けません。

「貴方は人が良いな。被害者だろうに」
「そうなんですよね、そうなんです。気持ち悪いですし愛が重すぎますし、やること成すこと極端ですし。仮にも好きな相手を球根にするって未だに意味がわかりません」
「だろうな」

あの子とは性質が異なりますが、彼女も優しい人です。だからためらってしまうのかもしれません。この人、好んで権力を振りかざしたい人ではない気がするんです。そんな人に縋ってしまうのは、どうなんでしょう。

「使える力は使う、とは思わないのか」

不思議そうに尋ねられましたが、どことなく試されているようにも聞こえる一言です。多分彼女は、そうやって生きてきたんでしょうね。国を守れるほどの力の持ち主なんですから、あちこち引っ張り出されていたでしょうし。

「ちょっとは思いますけど……けど国も違う方ですし」
「そうか」

……それに魔法使い様も、あれでそこまで悪い人ではないんです。基本的には私の願いを聞き入れてくれますし。良い人でもないですけど。

「あ、あの、一つお聞きしてもいいですか」
「なんだ?」
「もし私があの子に危害を加えてしまったとして、貴方に交代していた場合、貴方はどうしていたんですか?」
「貴方を燃やしていただろうな。跡形もなく」

こ、こわっ。冗談ではなく、目が完全に本気です。よかったー、大人しくしてて。

「貴方の名を聞いていなかったな。私は……シンティアだ」
「セシリアっていいます。少し、響きが似てますね。シンティアさん」
「そうだな。セシリア嬢、貴方がそれでいいのならそろそろ戻った方がいい。本来、他人が入れる空間ではないんだ。長居しては何らかの影響が出る可能性がある」
「でもえっと、どうやって」

どうやって来たのかも分かりませんから、帰り方も分かるはずがありません。扉を通ってきたとかいう単純な話なら、また通ればいいだけですが。そんなことを考えていたら、なんと私の身長の倍近い扉が出現しました。い、一体どこから。

「深く考えない方がいい」

はい、そうします。
扉の前に立ち、意を決してドアノブに手をかけます。前回は強制的に戻らされましたから、今回は自分の意思で戻ることになります。流されるのではなく、自分で選択するんです。息を吸い込み、さあいざ……という時、肝心の言葉を伝えていないことに気付きました。

「あの、シンティアさん。ありがとうございました」
「私は何もしていないよ」
「でも気にかけてくれましたよね。嬉しかったです。あの子にも、ありがとうって伝えてください」
「……ああ、分かった」

ん、あれ、歯切れが悪かったような。表情を確認してみようとしましたが、暗くてよく見えません。私の気のせいですかね。

「セシリア嬢、貴方と出会う事は二度とないだろうが、貴方が幸せであればいいと願うよ」
「ありがとう、ございます」

うっ、涙が出そうです。おねえさーんって抱きつきたい気分です。嫌がられそうですけど。

「さようなら」

扉を開けて、一歩踏み出します。私には詳しい事情は分かりませんが、どうか彼女も幸せでありますように。どうか、あたたかな世界でありますように。

……ふと思い出したルナディアの花言葉って「貴方を愛しています」なんですけど、受け取ったらまずかったですかねこれ。花に罪はありませんから返しませんが。

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