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Aster-01

自分の人生なんて、至って平凡なものだと思う。
ただ毎日なんとなく流されるように生きて、友達と馬鹿やって笑い合って、時々は将来について真剣に悩んでみたりもして。そうして落ち込んだりもするけど、時間さえ経てばまた笑う。特別生きることに執着してるわけでもなく、焦ってるわけでもない。それを虚しいと感じたりはしなかったし、充分幸せだった。平凡の何が悪いっていうんだ、変化が訪れないってのは恵まれてる証拠じゃないか。
そんな日々がこれから先も続くのだと、何の根拠もなしに信じてたんだ。

まさか変わる時が来るなんて知りもせずに、いつも通り友達と別れて。その「いつも通り」を後悔する羽目になるなんて、一体誰が予想出来ただろう。

「ここは、どこなんだろうか……」

もう見慣れた曲がり角で、友達と別れる。友達は右へ、俺は左へ。家に帰ってから宿題終わんねえよ、なんて阿呆なことをメールし合って、本当に終わらなかったら次の日必死に頼んで写させてもらったり、その代わりにジュース奢ったり。そのせいで財布事情が厳しくなる時もあったけど、そんな時はうまい棒だとか安いものに変えてくれた。それが、俺の日常。今日だってそう大差はなかったはずだ。それなのにどうして辿り着くのが家じゃないのか、さっぱり分からない。

「どこなんだ、ここ……っ!!」

いくら叫んだところで、この広い空間ではどこにも届かず消えていくだけだった。

「思い出せ、俺は家に帰ろうとしてたよな……? で、工事中だったから仕方なく回り道しようとして、マンホールに落ちて……ってよくそれで無事だったよな俺。いやいやそういうんじゃない、何で落ちた先がこんな奇想天外な場所なんだ?」

誰かが聞いていればただ寒いだけの一人突っ込みをして、ぐるりと周囲を見渡す。……森。の一言に尽きる。何このカオス。夢か? 夢なのか? そう思って、頬をつねるのは既にやった。それも二回も。もちろん、痛かった。
誰か、こんな俺に突っ込んでくれないかな。馬鹿じゃないのか、って笑い飛ばしてくれたっていい。そうしたら俺は一人じゃないんだって安心出来るから。混乱する頭が生み出すのはそんな思考ばかりで、正解になんかこれっぽっちも近づかない。そのとき、俺は一つの存在を思い出した。

「あ、そうだ、携帯……!!」

即座に人と繋がれる、素晴らしいものがあるじゃないか! ナイス、俺! でももう少し早く気付いてほしかった!
一分一秒でも惜しいと、慌ててポケットから取り出して画面を開く。これできっと、大丈夫だ。

「…………真っ黒…………?」

機種が真っ黒なわけではなくて。いや、真っ黒なんだけど。
間違いなく昨日充電して、満タンにしてあったはずの携帯はうんともすんとも言わない。おっかしーなー、まさか壊れた? まだそんなに使ってないはずなのに、使い方が荒かったんだろうか。
修学旅行の時に友達とノリで買ったストラップが一本つけられただけの、シンプルな携帯。重厚感のあるブラックが気に入って購入したものだった。指紋がつきやすいのだけが難点だけど。クラスの女子とかは見るからに重そうで痛そうなデコレーションをしてたりしたけど、あれ使いにくくないんだろうか。ストラップとは言いにくい大きさのぬいぐるみとか――携帯がメインなのかストラップがメインなのか疑いたくなる――女子の携帯ってすごいよなあ。なんて、今考えてもどうしようもない話だ。とりあえず、ここはあの場所じゃないんだから。

気付けばまた脱線してる自分の思考を、一生懸命元に戻す。現実逃避したってどうにもならない。携帯が使えるようになるわけでもない。そのくらいは俺だってわかってた。……だってもう一回つねったほっぺ、やっぱ痛かったし。

「とりあえず、誰か探そう……。きっと帰り方、知ってるはず。うん」

そう自分に言い聞かせて、一歩を踏み出す。俺だって本当は今にも泣き出しそうなくらい怖かったけど、ここで何もしないでいたらそれこそ帰れないんじゃないかという恐ろしさの方が勝った。だって、何も知らない地というのは恐怖の対象でしかない。修学旅行で一人だけ迷ったときとか、こんな気持ちなんだろうか。とてつもなく心細くて、次から次へと不安が湧いてきて、一緒にいた友達のありがたみを再確認してみたりして。ああ、無事帰れたらアイツらに連絡取ろう。
大丈夫。誰かに会えたらこんな世界は終わる。光のない、こんな世界は。

「……大体なんで、マンホールから落ちた先が薄暗い森なんだよ。おかしいだろ、普通におかしいだろ」

自分を慰める意味も含めて、ぶつぶつ文句を言いながら探索する。森、更に言えばジャングル。サファリパーク。木や花は好き勝手に至るところから生えてるし、動物は自由気ままに生活してるみたいだった。
全体的に暗い感じで、灯りも太陽の光もここにはない。見渡す限り同じような景色が続いてて、結構歩いたはずなのに変わる気配すら見せない。建物なんて、一度も見なかった。……もしや俺、入り込んじゃいけない場所に入り込んでたり? 確か迷ったときって、その場所に留まっていなきゃいけないんだよな!? でもそれって誰か助けてくれる人がいる場合だよなあ。……だめだ、考えててまた泣きそうになってきた。

俺はずっと都会に住んでて、周りにはほとんど緑なんてなかった。小さい頃よく遊んだ公園もぽつん、とあるだけで、玩具だってほとんどなかったくらいだ。
空に届きそうなまでに高いビル、とてもじゃないけど綺麗とは言えない空気に水。それが、今まで生活していた場所だったのに。

「つーかここは日本、なんだろうか……。まずい、それすら怪しくなってきた。何これファンタジー? そもそも地球上に存在する場所なんだろうか」

道の真ん中を歩く俺(だって端っこってなんか出てきそうで怖かったんだ)を木の陰からちらちら見る、動物たち。最初は猫かー、猫かわいいよなあ、なんてのんきに考えてたけど、よく考えてみれば何でこんなとこに猫がいるんだ。それも、猫なのに猫じゃない。猫って翼生えたりするっけ……? いや、ありえないよな……。
鳥は羽が六枚あったり、明らかにサイズがでかかったり、牙が凄かったり、ゲームの世界を連想してしまうのは、俺が一時期モンハンにはまってたせいではない、と思う。となるともしかして、スライムとかもいたりするんだろうか。あのなんとも言えない見た目が好きだったから、いるならちょっと見てみたいかも。青のスライム、赤のスライム、緑のスライム……楽しそうだな、と考えて、そういえばここには色がないんだと気付いた。何で全部モノクロ調なんだ、気が滅入るじゃないか。

一体どれだけの時間、どれだけの距離を歩いたんだろう。進んでも進んでも変わらない景色に、いい加減俺も挫けそうだった。どうしたらいいのかという絶望がわずかに残る希望を打ち砕こうとしていたとき、ようやく今まで見ることのなかったものが視界に入った。 建物だ! 大喜びした俺は、最後の気力を振り絞って駆け出す。けどそれが何なのかはっきり分かると、思わず足を止めてしまった。

「……神社? だよ、な。たぶん」

神社――――偉人・義士などの霊を神として祀った場所、だっけかな。昔辞書をぱらぱらとめくってるときに、そう書いてたような記憶がある。携帯さえ使えればすぐに調べたんだけど。でも何で、ファンタジー世界にあるのが神社なんだろう。流れ的に神殿とかじゃないんだろうか。ドラクエの転職だって神殿でやってたしさ。
確かに、色がないと思ってた。色が欲しいと思ってた。けどこの場所にだけ存在する鮮やかな赤や他の色はあまりにも異様で、周りの景色からもひどく浮いているように見える。それなのに何故か、完成された一枚の構図のような、そんな感覚を覚えた。

それ以上近付くな。

ふと、誰かの声が聞こえた気がした。慌てて辺りを見渡すけど、どこにも人の影すらない。な、なんだったんだろ今の。もし俺の幻聴じゃないなら相手には申し訳ないけど、その忠告は聞けない。誰でもいいから会いたいんだ。会って話がしたいんだ。一人じゃないんだって、安心させてほしかったんだ。
だから聞こえなかったフリをして、神社へと全力疾走する。近づけば近づくほど威圧感のようなものが肌に突き刺さったけど、息が切れて苦しかったけど、俺は必死だった。わらにもすがる思い、ってのはきっとこういうことを言うんだろう。一人は、もういやだった。

「……あの、すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」

ようやく辿り着いた俺は、数段ある階段を上り、息を整えながらふすまに手をかけ――――ようとしたら、勝手に開いた。

「何用じゃ」

ぞっとするくらい、無機質な声だった。思いがけず返ってきた言葉に、俺は息を呑む。
綺麗に切り揃えられた肩より短い漆黒の髪、日本特有の美しい着物。まるで人形がそのまま動いているかのような、整いすぎた顔立ち。人が持つはずの温かみが全く感じられない、冷え切った表情が恐ろしくて無意識のうちに一歩後ずさってしまう。そんな俺を見ても、相手は視線を逸らさない。唯一色を持つ紫の瞳は、俺を捉えたままだ。

「何用だと聞いている」

彼方に飛びそうになっていた俺の意識を引き戻すのは、さっきと同じ声。そこにいたのは、俺と年もそう変わらないだろう女の子だった。

「えっと、あの、すみません。俺、迷子になったみたいで……あの、ここってどこなんでしょうか」
「裏」
「へ?」

今、この子は何を言った? 裏? 裏ってなんの? じゃあ表はいずこ? そもそもこの子は何者? そんな風に、俺の頭の中では疑問ばかりが飛び交う。よし、もう一回尋ねよう。俺がそう決意したとき、自分と彼女以外の第三者の声が先に響いた。

「先程からおぬしは誰に口を利いていると思っておる! 人間風情が恐れ多いと知れ!」
「す、すみません! ん、あれ、誰の声……?」

別に悪いことしてないのに反射的に謝ってしまうのは日本人の性だよな。悲しいかな、ノーと言えない日本人。
少女の声とは違う、というかこんな野太い声が少女のものであってほしくない。だから自分達以外にも人がいるんだと思って、俺は部屋の中を探してみる。でも、誰もいなかった。ま、まさか幽霊……? いやでも霊感なんてないし……

「下だ下! おぬしの目は節穴か!?」
「え? …………えええええええ!?」
「ふん、ようやく気付いたか!」
「え、え、え、フクロウがしゃべって、ええ!?」

フクロウって喋るんだ……って、んなわけない!
動物辞典やテレビくらいでしか見たことのなかった生き物だけど、今俺の目の前……というか足元近く、にいるのは間違いなくフクロウだった。の、形をしたなにか。
実はこの中に人がいたりするんだろうか。で、中の人などいない! とか言っちゃったりするんだろうか。ああもう訳が分からない。最初から分かってなかったけど余計にわからない!
フクロウ(推定)は俺と同じ目線になるように羽ばたくと、俺の顔をじっと見つめてくる。あの、近いです。すみません、ちょっと……うそです大分こわいです。

「……おぬし、名は」
「え、あ、小塚 智也です、けど」
「まあ、それはどうでもいいが」
「どうでもいいなら聞かないでください!」

な、なんだろう……喋ってる、フクロウが喋ってる。
ああそうか、これおもちゃなんだ。精巧に作られた、子供向けのおもちゃ。話しかけたら答えてくれるファービーとかと似たようなもんだよな。うん、そう思うとあんま怖くない。きっと背中には秘密のチャックがあって、単3電池で動いてたりするんだ。おもちゃおもちゃ……ってやっぱこわいから!

「不運だったな、人間」
「はい……?」

不運? なにが? 喋るフクロウに会ったこと? え、ひょっとして出会ったら命を取られる死神とかそういうのなのか? 実はラスボス?
そんな俺の考えを、フクロウ(推定)はあっさりぶち壊した。それも最悪の形で。

「今のおぬしに、自分の世界に戻る術はない」

もう本当、どれだけ笑われたっていいから、これは夢だと教えてください誰か。

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