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Aster-02

客観的に見ても、自分は普通の人間だと思う。というか、そうだ。
勉強でも運動でも、特別秀でたものがあるわけじゃない。いつもほどほど程度で、良くて普通よりちょっと上くらい。でもそれでも別に困りはしなかったし、完璧超人のクラスメイトを見てたまに落ち込んだりはしたけど、基本的には満足してた。一等の宝くじに当たるだとか、そんな強運を持つのは一握りの人間であって、俺には到底縁のない話だ。当選した最高額、3000円だし。
そんな普通の人間が、マンホールから落ちて次に目が覚めたらそこは異次元、なんて。あちこちで使い古されたネタを、一体誰が信じてくれるっていうんだろう。

「え、あの、帰れない、って……」

頭が真っ白になる、っていうのを俺は初めて体験した。倒れなかっただけでも、自分を褒めてやりたいくらいだ。一体このフクロウ(推定)は何を、言っているんだろうか。

「ふん、理解出来ないのか。頭の悪い人間だな」
「いや、え……? あの、ここって日本……というか地球じゃ、ないんですか」

どんな返答が返って来るのかは、俺だってある程度は予想してた。それでもわずかな期待を込めて、俺はフクロウ(推定)に尋ねる。
ほんの少しの沈黙が、俺を追い詰める。ドキドキと心臓がうるさい。手にかいた汗が気持ち悪い。聞きたい、けど聞きたくない。希望が打ち砕かれるのが、恐怖で仕方がなかった。

「違う、と言えば違うな。だが、おぬしの世界に限りなく近いと言えば近い」

それは想像したどの答えでもなく、期待も不安も曖昧なままになってしまった。まさに、宙ぶらりんな状態。縋っていいのか、ダメなのか。それさえもはっきりしない。
そもそも彼――声からして多分オスだろうというこれまた推測だ――の言う俺の世界ってなんだ? 日本、アメリカ、イタリア、フランス、ドイツ……ぱっと頭に浮かぶのは有名な国々。それらは地球という枠に収まっているはずだ。地球=世界だとして、違うけど近いってどういう意味だ……? と色々考えてはみたけど、だめだ、さっぱり訳がわからない。そもそも俺あんま頭良くないんだって。平凡代表なんだって! ああ誰か翻訳してくれないかな。切実に望むよ。

「えーっと、あの、やっぱりここは地球ではない、と……?」

おそるおそる、口にする。すると、間髪を容れずに返事があった。

「違うぞ」
「え、あ……ありがとう」

てっきりフクロウ(推定)が答えてくれるものだと思ってたのに、答えてくれたのはずっと黙ってた女の子の方だった。あれ、実は結構親切なんだろうか。第一印象だけで恐ろしいなんて思ってしまって申し訳なかったかも。でも違う、って……なんだ、結局異世界なんじゃないか。分かれば怖くな……って余計怖いから。

全部夢だったなら、どんなに楽だろう。目を覚ますだけでこの世界から帰れるのなら、どれほどそうしたいだろう。うるさく鳴る携帯のアラームを止めて、母さんが作ってくれた朝ごはんを食べて、途中で妹が起きてきてちょっと会話して、ついでに新聞のテレビ欄をチェックして、友達と学校へ行って……いつか夢を見たことさえ忘れて、そんな当たり前な日常をまた繰り返すんだ。
でも、これは夢じゃない。感じる胸の痛みも、ほっぺの痛みも、底知れぬ恐怖や絶望も、夢の一言で済ませられるはずがない。なかった事になんて、出来るはずもない。手を伸ばせばすぐそこにあったはずの何気ない日常が、急速に遠ざかっていく。まるでそっちが夢だったように霞んでいくなんて、信じたくない。ああどうして、本当にどうして。こんなことになった?

俺、これからどうなるんだろう。どうしたら、いいんだろう。言いようのない不安に襲われて、その場にしゃがみこんでしまう。気力だけで立ち続けるのもいい加減限界だった。

「そもそも何故、生きた人間がここに……。主、どうしましょうか」
「知らぬ」
「はあ……まあ仕方ないですな。どうしようもない。という訳で人間、潔く諦めろ」
「へ!? いや、無理ですよありえないでしょ! 大体ここどこなんですか! 帰れないって何で……!」

無理だから諦めろ、と言われて納得できるはずがない。そんな物分りのいい人間がいるのなら俺は見てみたいよ!

ひとつ得た知識。
・女の子はフクロウ(もう面倒なので確定)の主。要するに女の子の方が偉いらしい。
・今知ったところで何の意味もない。

「ここは、裏だ」
「浦田さん……?」

隣の隣の隣の家が、浦田さんだった気がする。はて、それに何の意味が? そうやって悩んでたら「阿呆か」と一蹴されてしまった。うう、厳しい。

「トランプに表と裏があるように、世界にもまた表と裏がある。二つは遠いように見えて近い。だが永遠に通じる事はない。そういう事だ」
「……俺のいた世界か、ここの世界のどっちかが裏だと……?」
「その通り。おぬしのいた世界を表とするなら、ここが裏に当たる。通常相容れる事はないが、二つの間には扉があるのだ。互いに行き来可能な扉が、な。おぬしはその扉を通って来てしまったんだろう。まあ、かなり特殊なケースだがな」

フクロウさんは多分、ちゃんと説明してくれようとしているんだろうと思う。それなのになんだろう、このぶっとび加減。筋が通っているように見えて、言ってる内容めちゃくちゃです。
扉ってのがつまり、俺の世界にあったマンホールなんだろう。で、俺はそこに落ちてしまった。だから裏の世界であるこの場所に来てしまった。うん、漫画とかでよくある展開だ。でもあれは大抵何かしらの理由がある。勇者召還だったりとか、そういうのだ。……じゃあ俺は?

「あの、特殊なケースってのは……」
「表でははぐれてしまう者が、ここに来るのだ。例えば死者だったりな。おぬしの世界に妖怪やらいただろう。あれは裏の世界の者が誤って扉を通ってしまったケースだ」
「妖怪ってそれ一体いつの話ですか……。さっきから気になってたんですけど、その言い方だとまるでそれが正しくないことのようですよね」
「実際、正しくないのだ。表から裏の世界へと来るのは正しい循環だが、裏から表へ行くのは正しくない循環。そして表の生きた人間が迷い込むのもまた、正しくない事。言い換えれば、決められたルール以外全て正しくなどない」

表では生きられなくなった人間が、裏へ来る。けどそれ以外のことで裏へ来るのはおかしい。そして、今回は俺がそのケース。……俺は、間違った存在だってことらしい。
けどそれだと――――

「相容れないはずなのに、二つの世界の線引き、曖昧すぎないですか」

つまり俺の世界が地上で、ここが天界のようなものだと考えればいいわけだ。だって死者もここに来るっていうし。で、表に行くのは間違いらしいし。それなのに、話を聞く限りそれはどうも頻繁に起こっているものらしい。なんで?
だからただ不思議に思って聞いただけだったのに、どうしてかその場の空気が凍った。……え、もしかしてこれ、触れちゃいけない話題だった?

「……おぬしに言われなくとも、分かっておる」

すみません、やっぱ聞いちゃいけなかったみたいです。フクロウさんの声が更に低いです。とっても不機嫌みたいです。で、でもさ、俺だって聞く権利はあると思うんだ……! なんて言えるような空気じゃない。ごめんなさい、マジで。

「正しく送られるべき者、誤って入り込んでしまった者を導く者がいる」
「え!? じゃあ俺、帰れるんじゃ……!」
「それが出来るなら、おぬしに帰れないとは言わないだろうが。少しは頭を使え、若造め」
「す、すみません……」

俺、喋るフクロウに若造扱いされちゃったよ。もしかしてこれすごい貴重な体験? いやそもそもこの世界にいることが特殊だって言うんだから、そこから貴重すぎる。でも、全然まったく何ひとつとして嬉しくない。それなら宝クジ当たりたいよ……

「それが可能なのは、それぞれの世界を管理する者のみ。おぬしがイメージしやすいように言い換えるなら、神というものだな。おぬしの目の前にいるこのお方の事だ」
「この方って、神って…… …………えええええ!?」
「失礼な態度を取るなと言っておるだろうが!」

まってまって、待ってくれ。俺何回驚けばいいんだろうか。後何回驚いたら開放される?
神、ってあれだよな……信じる人は心から信じる、目に見えない偉大な存在。ついでに俺はいたら面白いよなーくらいの認識。だって俺の生活には何の関係もないし。周りの人だってそんなもんだった。けど、目の前にいるこのきっれーな女の子が、神様だって言う。いやそれ何の冗談? ってことは待てよ、そもそも俺たちの世界にも神様がいるってことで……えええ。

「あの、これ壮大なドッキリとかじゃないですよね……?」
「この期に及んでまだ言うのか?」
「……そうですよね、あああああもう、俺どうしたら……」

帰る術がない。帰れない。その事実が、頭の中でひたすらエンドレスする。平凡な人生だったけど、やりたいことはそれなりにあったし、こんなところで終わるなんて信じたくなかった。取り戻せなくなって、初めて実感する。当たり前の日常が、俺にとってどれだけ大事なものだったのか。大切なものは失ったときに気付くって、本当なんだな。
……あれでも、フクロウさんが言ってることってなんか色々と矛盾してないか?

「神様がいて、この女の子が神様。で、神様は別世界に送れる力を持つんですよね。じゃあなんで、出来ないって……?」

出来るっていったり、出来ないっていったり。結局、どっちなんだろうか。
……どうも、本日二度目の失言だったらしい。空気が怖い。沈黙が肌に突き刺さってかなり痛い。頼むから、何か喋ってくれ。ほんと頼むから。

「……主は今、その力を失っておるのだ」
「は!?」

いや確かに頼んだけど! けどそういうのはいらない!

「正確には半減しておる、だがな。よっておぬしのような大物は帰せない」
「じゃあ俺ってやっぱり……」
「最初に説明しただろう、いい加減諦めたらどうだ」

ああ、視界が暗く暗くなっていく。お母さん、お父さん、妹、友達、クラスメイト、先生、ご近所の皆さん、浦田さん……挙げればキリがない、自分がお世話になってきた沢山の人たち、ごめんなさい。どんなに想ってもどんなに願っても届かないけど、どうかお元気で。
母さん、母さんの料理好きだった。さじ加減がびっくりするほど適当で、よく味が濃かったり薄かったりしたけど、母さんの料理大好きだった。弁当も毎日作ってくれてありがとう。生んでくれてありがとう。
父さん、いつも母さんの尻に敷かれてた父さん。でも本当はかっこよくて、立派な人なんだってちゃんと知ってる。俺たちを養うために毎日働いてくれてありがとう。
些細なことで喧嘩ばかりした妹、俺はいい兄貴でいれたかな。本質的には仲のいい兄妹だったって、そう信じててもいいよな? お前もそう思ってくれてたの、知ってる。すごい、嬉しかった。
ありがとうだとか、ごめんとか、大好きだとか。伝えきれてないことが山ほどある。まさかこんな風に別れる日が来るなんて、想像もしてなかった。どうして俺、もっと素直になれなかったんだろう。

ずっとこらえていた涙が、止め処なく溢れてくる。ぽたりぽたりと畳を濡らしたけど、そんなことに構っていられない。俺、本当に帰れないのかな。帰りたい、皆がいるあの場所に帰りたい。
未練が、ありすぎるんだ――――

「……人間というものは、本当に面倒だな」
「いまくらい、泣かせてください……」

優しくしてくれなくたっていい。慰めてくれなくたっていい。だからせめて、許して欲しい。

「希望が、全くないわけではないぞ」
「え!?」

その言葉を聞いて、俺は勢いよく顔をあげる。きっと涙でぐちゃぐちゃでひどい顔になってただろうけど、そんな些細なことは気にも留めなかった。
フクロウさんは俺の目線に合わせてくれて、背後にはキラキラした神々しいオーラが見える。気のせいっていうのが気のせいなんだよ! これぞまさに救世主! さっきは怖いなんて思ってごめんな……!
でもそんな彼が口にしたのは、相変わらず期待していいのかダメなのかよく分からない内容だった。

「主の感情さえ取り戻せれば、おぬしは帰れるかもしれない」

宝くじの一等に当たるなんて、ほんの一握りの人のできごと。きっとそれよりも遥かに珍しい体験をしている俺は、果たして運が良いのか悪いのか。

分かったこと。
・女の子はフクロウの主。
・ここは裏の世界。俺が迷い込んだのは特殊なケース。
・神様である女の子は力が半減しているため、俺を送ることが出来ない。
・解決策は女の子の感情を取り戻すこと。

結論。
・……希望が、見えません。

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