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Aster-03

マンホールから落ちたらそこは異世界でした。帰るためには神様である女の子の感情を取り戻す必要があるらしいです。……ああ、誰か夢だと言ってくれないかなあ。もしくはドッキリ! の札を出してくれてもいい。大丈夫、今なら絶対に怒らないから。泣いて喜ぶから。

何でも、昔感情が失われてしまった時に力も失くしてしまったらしい。だから感情を取り戻せたらもしかしたら力も……という話らしく。なんだその無茶ぶり! と思わず突っ込みそうになった。というか突っ込んだ。「なら素直に諦めろ」と返されてへこんだ。フクロウさん容赦なさすぎる。
そんな彼がわずかな可能性を希望として提示してくる辺り、本当に他の方法はないんだろう。けど、 一人の女の子の感情を取り戻す――――なんて、容易であるはずがない。きっと本来なら何度もカウンセリングとか受けて、少しずつ改善していくべき問題なんだから。それだけ複雑な事情を、平凡代表の俺にどうしろっていうのか。しかも「もしかしたら」という曖昧なオマケつきで。

「諦めればいい」 喋る梟は、再度俺に言う。それが一番楽なのだと、どうしようもない事だとして受け入れてしまえばいいと。……でもそれが出来るなら、泣いたりしない。こんなふざけた話に縋ろうとしたりはしない。可能性がゼロじゃないなら、足掻いてみせようじゃないか。ただ純粋に、この女の子と話をしてみたかったのも、理由の内だったかもしれないけど。

「とりあえず、腹へった……」

よくよく考えてみれば、夕飯前にここに来てしまってそれから歩き回ったんだから、そりゃお腹もすくよな……。そういえばここって食生活どうなってんだろ。木の実とかはあったけど、色がなくてちっとも美味しそうには見えなかったんだよなあ。
あ、とふと思い出し、ずっと持ってた鞄を漁る。入ってるのは教科書とか、電子辞書とか、まあ一般的なもの。それなりに重いから置いてきてしまえばよかったんだろうけど、俺は絶対に手放さなかった。手放せなかった。俺を証明する唯一のもののように感じたから。でもこうなるって知ってたらもっと色々持ってきたんだけどな。いや、分かってたら来てないっていう突っ込みはなしの方向で。
ついでに、電子辞書の画面もやっぱり真っ暗だった。うーん、世界の違いのせいなんだろうか。ファンタジー。そんなことを考えながらしばらくしてお目当てのものを見つけ出し、手に取る。

「君……えーと、そういえば君たちの名前は?」

お菓子の袋をがさがさと開けつつ、気になったことを尋ねてみる。そう、今までのやり取りを思い起こしてみれば名乗ったのは俺だけだった。二人(正確には一柱と一匹)とも自己紹介をしてくれなかったから歳はおろか名前さえわからない。だから教えて欲しい。そんな俺の発想は、別に間違っちゃいないはずだ。

「……えっと、名前?」

なのに無言なのは、何でなんだろうなあ。俺ってひょっとして空気読めない……?

「ない」

落ち込んでたら、ようやく女の子が返事をくれた。

「ないさん? 面白い名前だねー……って無いの!?」

名前ないって、今までなんて呼ばれてたんだろうか……。女の子はずっと淡々としてて、全くぶれない。ぶれなすぎてちょっと怖い。表情にも声にも温かみがないし、なんというか機械的だ。もしかしなくても常にこのテンションなんだろうか。

「主は主。わしはフクロウ。それだけだ」
「え、フクロウさんの名前フクロウなんだ……」

なんという直球ストレート。せめてもうちょいどうにかしようよ。

「好きに呼べばいい」
「好きに呼べ、って言われても……うーん」

まさか、ないさんと呼ぶわけにもいくまい。となるとここは、あだ名とかつけるべきなんだろうか。いやそもそもあだ名ってのは本名からもじるものなんだから、ちゃんと名前決めてあげるべきなのかも。でも名前つけるなんてペット飼った時以来なんだけど……そういえば死者はここに来るって話だったから、あの子も来たのかな。
子供ながらに一生懸命世話をした。そうしたら、愛情で返してくれた。優しさだけで包まれていた、あの頃。でもその命は儚くも消えてしまった。悲しくて悲しくて仕方がなかったのを今でもよく覚えてる。
って今は名前だよな、名前。何か手がかりはないかと、俺はきょろきょろと辺りを見渡す。なんか、物がほとんどないんだなあ。タンスとか、鏡とか、必要最低限ものしかないっぽい。何に使うのかよくわからないものとかも壁に立てかけてあったりするけど。テレビがないのは現代っ子には辛いです。あ。

「紫苑!」
「シオン……?」
「名前って、大切なものだと思うんだ。君の瞳が紫苑色だったから、紫苑。……だめかな」

そしてまた訪れる、沈黙。しまった、やっぱ安易すぎたんだろうか。結構いいと思ったんだけどなあ。後はえーと、菫とか菖蒲とか……小さい頃妹に聞かされた知識を引きずり出す。何でか、出てくる名前は全部花の名前だった。

「かまわぬ」
「へ?」

それってかまわないって意味? つまりいいよ、ってことなんだろうか?

「主がそう言っておるのだ、何を聞き返す必要がある!」
「えっと、じゃあ、紫苑。お菓子食べる?」

そうだよ、本当はそれが聞きたかっただけなんだよ。袋をあけたスナック菓子を、二人の方に向ける。でもフクロウさんって人間のもの食べるんだろうか。

「……お菓子?」
「あ、もしかしてこういうの食べたことない? これコンビニ限定の新商品でさー。って別にそんなことはどうでもいいか。はい、お一つどうぞ」

彼女の白くて華奢な手に一つ、スナック菓子を乗せる。彼女は相変わらず無表情のまま、でも興味深そうにじっと見つめていた。なんだ、普通の女の子じゃないか。(いやあんま普通ではないんだけど)さっきまでずっと緊張しっぱなしだったけど、ようやく力が抜けていく。

「ん、うまい。あー……癒される……」

正直ほとんど理解できてない、不思議な世界。それでも変わらない菓子の味に安堵しながら噛み締めるように食べた、そんな一日目。
ついでに紫苑は、俺が食べたことで危険なものではない判断したのか、ぱくっと勢いよく口に放り込んで無言で噛んで無言で飲み込んでいた。……今回は無反応だったけど、まあこれから頑張ろうとおもう。

**

そしてそれからほんの少しだけ、月日が流れて。

紫苑はあんま喋らなくて、大体はフクロウ(さん付けてたらいらないって言われたから呼び捨て)から聞いた話だけど、なんとなくこの世界の仕組みについて分かってきた。本当になんとなく。
なんでもこの世界は「管理する者の想像世界」が基準なんだそうだ。ようするに、紫苑の心の中がそのまま世界として形になってるらしい。それを聞いて初めて、モノクロ調なのに納得した。後、りんごと思われるものが四角かったりさくらんぼらしきものの実が片方だけだったりしたのも納得。紫苑、色々と無知なんだもんなあ。……そんなんだから、味なんてほとんどない。腹が膨れるだけマシ、レベルだ。けど俺があげたスナック菓子が紫苑の記憶に残ったのか、ほのかにその味がする時もある。見た目りんごもどき、味は安いスナック菓子。カオスだけどこの際文句は言えない。あー、ラーメン食いたい、マック行きたい、とにかく味が濃いもんが欲しい……。

「俺の勝ち、だね。えーっと、12勝4敗か」

ゲームが終わって山になっているトランプを集め、リズムよくシャッフルする。
紫苑もフクロウも、普段はこの神社でずっと過ごしてるんだそうだ。何してるの? と聞いたら何もしてない、って返ってきてびっくりしたものだった。 そんなわけで特にすることもないので、トランプ、あやとり、花札、編み物……などなどを紫苑に説明して遊ぶことにした俺だった。一部変なのは妹に教わったやつだけど、まさかこんな場所で役に立つとは。

「紫苑、次は何がいい?」
「何でもいいぞ」
「うーん、何にするかな」

感情が失われているという彼女は笑うどころか一切表情を変えたりはしなくて、当初は怖いと思ったものだけど、今は大分慣れてきた。彼女に悪気はないわけだし。ポーカーとかダウトとか、そういう心理戦は全然考えが読めなくて完敗する羽目になったけど。

「でもその前に水、汲んでこようかな。喉渇いてきた」
「待て、わしも行く」
「おっけ。じゃあ紫苑、少し待ってて」
「うむ」

立ち上がり、やっぱり勝手に開くふすま(今更だけどどういう原理なんだろうか)を通って外へと出て行く。目指すのは歩いてちょっと行ったところにある小さな川。俺の前には案内役でもあるフクロウ。あんなに驚いた喋るフクロウも、今ではすっかり慣れてしまった。慣れって怖い。

「あのさ、そういえば聞きたかったことがあるんだけど」

どろどろとした土を踏みしめながら、フクロウに話しかける。歩きやすいスニーカー履いててよかったよ、ホント。まさか森を歩き回ることになるとは。探検もしてみたかったけど、凶暴な生き物もいると聞いてその考えは即座に捨てた。安全なのはこの周辺だけらしい。改めてみると、俺って実は運よかったんだな……。だから俺も神社で生活してる。だって外、こわいし。

「なんだ、まだ何か聞き足りないのか」
「いや、全然足りないから……」

フクロウの声には間違いなく棘があった。いやまあ、質問攻めしてしまった自覚はあるけどさあ。

「一応聞いてやろう。言ってみろ、人間」
「ありがと。でも俺、ちゃんと名乗ったはずなんだけどなあ……」

考えてみれば、フクロウにも紫苑にも名前を呼ばれた覚えがない。人間って……一個人として認識されてるのかも怪しい呼び方だ。そのうちに目的地に辿り着き、俺は使い古された桶で水を汲む。
綺麗なのかそうじゃないのか、イマイチはっきりしない水。けどごみなんてどこにも見つからない川は、色さえあればいつかテレビで見たような美しい光景なんだろうと思う。なんか変な生き物が泳いでたりするけどさ。それはスルーしておく。

「ね、フクロウ。俺がここにいるのって特殊なケースって言ってたじゃん」
「うむ」
「俺の前にもそんな風に迷い込んだ人っていたのかな、って」

ずっと疑問に思ってたことの一つだった。 かなり特殊、とは言ってもなんか前にもあったみたいな言い方だったから、ほんの軽い気持ちで尋ねたつもりだったんだけど、何故かフクロウは黙り込んでしまった。

「……フクロウ?」
「いるぞ」
「そっか、やっぱいるんだ! その子ってどうなった?」
「おぬしが知る必要はない」
「いや、結構あると思うんだけど! って、ちょ、先に帰るなよ!」

な、なんだろ……ひょっとして俺、聞いちゃいけない話題にふれた? また? なんか不機嫌というより、切なさが紛れた声音だった気がするのは俺の勘違いなんだろうか。
でもそっか、やっぱいるんだ。その子はどうなったんだろう。無事帰れたのか、それとも叶わなかったのか。フクロウが答えてくれなかったのは、もしや俺に気を遣って……? ま、まさかな。

「紫苑、ただいまー。あれ、どうかした?」

いつもは部屋の中から出ない紫苑が、どうしてか外にいる。何をするでもなく、ぽつんと突っ立てって。
不思議に思って彼女の視線の先を追う。……ああ、ここにも命の終わりって、あるんだ。

「他の動物に襲われたのかな。お墓、作ってあげようか」
「……墓?」
「遺骸や遺骨を葬るところ……って言っても難しいよな、俺は、亡くなってしまった者へ居場所を作るためだと思ってるよ」

桶を置いて、息絶えてしまってる小鳥をそっと手のひらに乗せる。……つめたい。この子はいつからここにいたんだろう。紫苑やフクロウに出会ってなかったら、俺もこうなっていたのかもしれない。そう思うと、とても他人事には思えなかった。

「おぬしの言う事は、よく分からぬ」
「そっか。無理にとは言わないから、よかったら手伝って欲しいな」

人の形をしてるのは神のみで、フクロウが喋れるのは神の力を分け与えてもらってるから、らしい。言葉が通じるのは紫苑とフクロウだけ。人の形をしてるのは紫苑と俺だけ。でも俺と紫苑は違う。フクロウはもっと違う。この子も、ちがう。皆それぞれひとりぼっちだ。
だからこそせめて、最期くらいは。

木の棒で十字架を作った簡素な墓に小鳥を埋めて、手を合わせる。ここで亡くなったら、どこへいくんだろう。それこそ無へと還っていくんだろうか。俺には想像もつかなかった。

「大分冷えてきたね。そろそろ中に入ろう、紫苑」
「……胸が、」
「紫苑?」

ぽつり、と呟いた紫苑は、左胸を押さえて眉間に皺を寄せている。こんな姿を見るのは初めてだった。

「前にも、こんなことがあったのじゃ。胸にぽっかりと穴があいたような、そんなものが」
「それって、寂しいんじゃないかな」
「寂しい?」
「そう。寂しかったり、やりきれなかったり、死っていうのは、悲しいものだから」
「これが、悲しい……」

この時の紫苑は、泣くのを必死に堪えている子供のようにも見えた。ひたすら彷徨い続けている、迷子の子供のように。
ここで亡くなったらどこへ行くのか、神である彼女に尋ねれば答えを得られたのかもしれない。けどその質問は相応しくない気がして、俺はどうしても聞けなかった。

「戻ろうか、紫苑」

いつまでも動こうとしない彼女に、手を差し伸べる。ゆっくりと時間をかけて、彼女は俺の手を取ってくれた。

つかみどころのない、色のない世界。それでも優しさとか切なさはちゃんとあって、俺もこの世界で確かに生きてる。
この日を境に、少しずつ、少しずつ、世界に色がつくようになった。

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