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DOLL
夜は、寂しかった。明日をきちんと迎えられるのだろうか、朝日を見る事が出来るのだろうか、考えだせばキリなんてなかったからだ。大抵はそんな不安を全て押し込めて無理やり寝た。時々は思う存分考えて、答えも出ないまま朝を迎えた。どちらの行動を取っても、いつもどこか満たされなかった。

「余命半年です」死を宣告された時、残りの人生で何をしようか、と考えた。丸一日考えてみたけれど、これといって思いつかなかった。いつか誰かに「欲がなさすぎる」と言われたのを思い出し、ああその通りだなと、初めて実感した。死に際になって得た感情に喜びを感じた辺り、自分はどこか変なのだろう。
でも結局、今に至るまで答えは出ないでいた。

「この大量のお金をどうしたものか……。寄付でもするかなあ」

暖かな紅茶を飲みつつ、通帳を何度も眺める。物欲がなさすぎたため、給料のほとんどは貯金していた。そうしたらいつの間にか、0がいくつも並ぶ金額になっていた。他の誰かにしてみれば、喉から手が出るほど欲しいものだろう。それでも、彼にとっては困りの種でしかなかった。残念ながら、何かをしてやりたい人達は既にいなかったのだ。一人で使い切るのは、どう考えても無理だった。

「旅行、もいいんだけどな……。でも旅先で倒れちゃったら迷惑だよなあ……」

ううん、どうしたものか、と彼は唸る。贅沢な悩みではあったが、本人は真剣だった。

「やっぱり寄付コースかな。それが一番無難な気がしてきた、うん」

ぱたん、と通帳を閉じ、すっかり冷え切ってしまった紅茶を飲み干す。他にしなければならない事は、後何があっただろうか。お世話になった人に挨拶? ――――自分はもうすぐ死にます、お世話になりました、と? 聞く身にしてみれば、ただ困るだけではないだろうか。死んだ後に伝える方がいい気もするが、託せそうな人物も特には思いつかない。何も、全くいないわけではない。けれど、自分の事で誰かに面倒をかけるのは極力避けたかった。叶うなら、誰の生活にも干渉せず静かに逝きたい。それが、彼の唯一の望みだった。

「……あれ、この本ここに置いたんだっけ」

ティーカップを片付けようとキッチンに向かう途中、一冊の本が目に入った。タイトルが書かれただけの、シンプルな表紙。どこで手に入れたのかはもう覚えてはいなかったが、ずっと昔から持っているものだった。部屋でも片付けよう、と掃除し出した時、本棚の隅から出てきたのだ。妙に懐かしくなり、ぱらぱらと中身をめくる。書かれているのは、「意思を持つ人形」の話だった。

『五体のねじ巻き人形が、この世には存在する。人形はどれも可愛らしい容姿をしており、鑑賞用としての人気も高い。しかし、人形が人々に求められる理由はそれだけではない。ねじを巻かれてから二十四時間、意志を持つ特別な人形なのだ。どういう原理で動いているのか、何故作られたのかは未だ解明されていない。全ての人形はたった一人の男性が作ったものであり、彼の死後、人形は様々な人の手に渡った。それが彼の望みであったのだという。
持ち主を転々としながら、人形は今もどこかで動き続けている』

「人形、人形って意思を持つ者に対して使う言葉じゃないよなあ……。この子達って今もいるんだろうか。……あっ!」

彼はティーカップを小棚に置き、ばたばたと今来た道を引き返す。そして通帳を再び手に取ると中身を再確認し、満足げに笑った。

「うん、そうしよう。それがいい」

今日は気持ちよく眠れそうだと、確かな自信を持った。

夜は、寂しかった。闇は、怖かった。一人なのだと思い知らされて、もう誰もいないだと言われているようで、眠るのは恐ろしかった。小さな光は、大きな闇の前では無力に等しいのだ。でももう、違うかもしれない。

カチカチ、カチカチ。ゆっくりと、確実に、ねじを巻いていく。カチッ、と大きな音が鳴ると、それ以上はもう動かなかった。
瞳の色はどんな色だろう。どんな声をしているんだろう。どんな性格なんだろう。まるで子供のように期待しながら見つめていると、ガラス玉の大きな瞳がゆっくりと開かれていった。どこまでも透き通った、綺麗な青色をしていた。

「おはようございます、マスター」

もう、こわくない。

始まりの日

「マスター?」
「あ、ごめんね。はじめまして、僕は――――」

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