TOP
はじめまして、またはお久しぶりです。

近頃、何度も繰り返し見る夢がある。 綺麗な格好をした女性とみすぼらしい出で立ちをした男性の、悲恋物語だ。
起きたらほとんど忘れてしまっているものの、毎回変わらない結末だけは覚えている。追っ手に捕まりそうになった二人がその前に崖から飛び降りてしまうというものだ。男は女性を必死に引き寄せ、最期に口付けをして二人とも海に沈んでいく。恐らくは身分違いだった二人が選べる末路は、そんなものしかなかったんだろう。

「生まれ変わったら、今度こそ貴方の傍にいたいです」

涙でぐしゃぐしゃになりがらも愛おしそうに微笑む女性は、素直に美しかった。

「そういえば志保ってさ、彼氏作らないのー?」

がやがやと煩いファーストフード店で所詮は恋バナというものを繰り広げるのは、女子大生五人グループだ。

「んー?」

志保と呼ばれた女性はポテトを頬張りながら、興味もなさげに返す。

「合コンとか誘っても毎回何かしらの理由つけて断るじゃん。誰かに片思い中とかなの?」
「あーだめだよ、志保は。心に決めた人がいるんだから」
「えなにそれ、初耳なんだけど!」
「前世の恋人をね、探してるのよ」
「……は?」
「んじゃバイトの時間だからいくねー」
「ちょっとちょっと、爆弾発言を残して去るなー!」

**

言霊なんて、これっぽっちも信じちゃいなかった。明日は変えられるだの、希望はあるだの、そんな安っぽい言葉に何の意味があるのか。夢がないと言われようが冷めてると言われようが、無責任な言葉が何をもたらしてくれるのか聞きたいくらいだ。信じたところで現実が変わるわけじゃないだろうに。

「今日も勉強三昧、か」

いざ口に出してみると、改めて気分が落ち込む。ああ、馬鹿みたいだ。
少し肌寒くなってきた季節。「受験生」というものである俺は、歩き慣れた塾への道を歩く。これを乗り越えた先に待つのはなんなのか、とかこんな辛い思いをしてまで得なきゃいけないものだろうかと疑問を抱いてみたりもする時もあるけど、今はとにかく流れに沿って進むしかない。まあ、稀に逆らう本物の馬鹿もいるけど。

すぐ近くにある公園で小さな子供たちが楽しそうに遊んでる。その横では、お母さんたちが談笑してた。自分が思い描いた将来の自分とその時の自分が一致しないことなんて今のあの子たちは知らないまま、ただ周りに守られて生きてるんだ。俺だってまだ子供だけど、それに気づく程度には年を取ってしまった。夢はそう簡単に叶わないことを知ってるし、「きっと叶うよ」なんて言葉は結局他人事だから言えるのだとも知ってる。そうやって、少しずつ何かを失くしながら生きていくんだろう。

足を止めてぼーっと考え込んでしまっていた自分に気付いて、急がなくてはと一歩踏み出す。――けれど、出来なかった。

「……あの?」

なんだろうか、この状況。
明るめの茶髪を短く切り揃え、顔には付け睫と思われる睫がばっしばし。加え、足を大きく出したショーパンに伸びた爪にはネイル。いまどきの女子大生と思われる女性は俺を見て固まったまま、微動だにしない。知り合い? とも思ったけど、全く心当たりがない。近所のお姉さんではないし、従姉妹でもないし、友達のお姉さん、という雰囲気でもなさそうだ。ああ無視したい、というかそうするべきだ。なのにばっちり目線が合ってしまっているため、身動きが取れない。……なんなんだろうか、この人。

よし、俺は何も知らない。何も見なかった。ようやく結論を出した俺は歩き出す。何事もなく女性の横を通り過ぎようとしたとき、彼女は我に返ったように勢いよく俺の手首を掴んだ。――いや、だからなんで。

「あの、何かご用でしょーか」

ものすごく離してほしいんですけど。女性の指は俺よりずっと細いのに、どこからそんな力が出るんだってくらい強く握られてて、ちょっとやそっとじゃ逃げ出せそうにない。まさか、最近出没してるっていう変質者じゃないだろうな。

「手、離してくれないなら警察呼びますけど」

女が男に襲われる場合と違って、逆だとなかなか相手にしてもらえないらしいけど、多少なりとも効果のある言葉だろう。
流石に何か反応を見せるだろうと予想してたら、何故か女性は目を輝かせていた。きらきら、という音が聞こえてきそうなほどに。あ、よく見ればけっこう綺麗な人なんだな。……一瞬でもそう思った俺が、愚かだった。

「ねえあなたっ! 名前はなんていうの!? ねえ、私のこと覚えてる!? 私達前世では恋人同士でねー! でも最期はふたりで心中しちゃって――――」

はい、触れてはいけない人種でした。
不審者というよりもただ頭のおかしい人だった彼女からは、真面目に聞くのもアホらしいくらい痛々しい発言が次から次へと飛び出す。 動けない俺は適当に右から左に流していたものの、女性はそんなことはおかまいなしに前世だのなんだのずっと会いたかっただのひたすらに喋った。なんだこれ、いわゆる電波という奴か。ネットの世界限定だと思ってたけど、現実にもいるんだな。あー頭痛くなってきた。
そこの通りすがりの女子高生、痛々しいものを見る目で俺たちを見ないでください。俺は被害者なんです、俺だってこんな人と関わり合いたくなんかありません。知り合いになんて絶対になりたくないタイプです。だから助けてくれ。

そうやってたっぷり数分喋った後、女性は同意を求めるかのように俺の顔を見た。まあ、知っちゃこっちゃないけど。

「あの、人違いなんで。僕に貴方のような知り合いはいませんので。とりあえず、手離してください」
「えっ!? あ、ごめんね。痛かったよね、ごめんね」

まるっとスルーしてそっけなくそう言えば、意外にも聞き分けがよくて少し気が抜けた。彼女は何の抵抗も見せることなくすんなり解放してくれ、それを確認した俺は今度こそ彼女の横を通り抜ける。

「それじゃ」
「うぇ!? ちょっとまってまって!!」

静止の声が聞こえたけど、すべてシカト。正直、付き合ってられない。

「私の名前は泉! 泉 志保だから! 次会ったら君の名前も教えてね、少年ーっ!」

少年ってなんだ、青春ドラマかなんかか。夕日に向かって走るのか。なんて突っ込みはせず当然ながらこれも無視して、俺は塾を目指す。大体、次なんてあるわけないじゃないか。このときの俺は、そう信じて疑ってなかった。……悲しいかな、即覆されるんだけど。

その日の夜、いつもと同じ夢をみた。夢の中の彼女は、いつものように泣いていた。

「や、昨日ぶりだね、少年」

昨日と同じ場所、同じ時刻、同じ人に出会うなんて、まさか。エンカウント高すぎだろ。
にっこりと笑って右手をあげる女性は、一見どこにでもいる普通の女性だ。でも俺は、俺だけは知ってる。絶対に関わってはいけない人種だと。

そこで俺が取った行動。「気付かないフリ」 でもやっぱり、見逃してくれるほど甘くはなかった。

「ややや、シカトしちゃいやだよー、少年」
「ついてこないでください。大体何でまた会うんですか。ストーカーですか貴方」
「貴方、なんて他人行儀な呼び方しないでほしいなー。あ、そっか、もっかい名乗ったほうがいいかな。昨日は唐突だったもんね」
「唐突だったという自覚があるのなら、金輪際話しかけないでください」

しまった、いくらなんでもほぼ初対面の人に対して冷たかったか。そう反省した俺だったけど、すぐに思い知ることになる。この人物はこのくらいでは撃退できないと。

「あの、ほんとついてこないんでほしいんですけど」

彼女はにこにこと笑いながら俺の隣に並ぶ。なんだこれ、本当にストーカーだったりするのか。

「少年が立ち止まってくれたら、私も立ち止まるよー」

……激しくそういう問題じゃない。
「少年の名前教えてほしいかなー」とか、「少年はいつもこの道通るの?」とか色々話しかけられたけど、全部無視。歩くスピードをあげれば彼女もそうする。走る一歩手前になっても真似してくる。「ちょっとおなかすいたねー」なんて言葉も無視。しかし彼女は尚話しかけてきて 以下略。

「あなた、ホントなんなんですか!」

あまりのしつこさに、つい切れてしまった。

「だから、きみの前世の恋人だよー。もしかして聞いてなかった? じゃあもう一度自己紹介……」
「余計な気遣いです。不必要です。聞く意味はありません」
「そっかー、少年は覚えてないんだね」

彼女がしゅん、と落ち込んだ、気がした。別に俺は何もしてないのに、心のどこかで芽生える罪悪感。けど彼女は拳をぐっと握り締めると、また復活した。

「うん、大事なのは今の私と少年の気持ちだしね! というわけで少年、おねーさんとちょっと話そうよ! マ○クがいい? モ○がいい? あ、ミス○もありだよね! 少年は甘いものスキ?」

誰か、この電波をなんとかしてくれ。そんなことを願っても現実は無情で、結局自分でどうにかするしかなく、この日から俺、水崎 遥(みさき はるか)と泉 志保の攻防戦が始まることになる。

後から考えてみれば、それはもしかしたら運命の出会いというものだったのかもしれない。実は男性の生まれ変わりが彼女で、女性の生まれ変わりが俺だという衝撃の事実も知ってしまうわけだけど。とはいえ、この時の俺にしてみれば迷惑以外の何物でもなく、馬鹿馬鹿しいとさえ感じてたんだけどさ。

ホント、頭痛い。